心地よい距離感・質量・体温の猫文学集「私の猫」

とっても素敵な装丁の、愛らしい本が手元にやってきました。
「私の猫」と言います。

端正な見た目、落ち着いた佇まい。

表紙カバーはありません。ミニマルな感じも素敵。

そして、ジャンル:猫小説
(そんなジャンルあったんだ…)

猫丸出しな本作ですが、猫可愛い!猫大好き!もふもふ!みたいな人にはあまりお勧めできないかもしれません。

読み心地はそっけなくて、自分勝手で、油断ならない感じです。(猫みたいですね)
それでいて、誠実に読み手と向き合っている感じもあります。(猫みたいですね)

帯の「そのぬくもりと、ともに暮らした」の通り、猫を愛玩動物としてではなく、人間とは別個の独立した存在であり、ともに生活を送る同居人…という温度感で綴られています。

わたしは猫を飼ったことが無いのですが、長年猫と暮らしてきた方には、「分かる…!」と思う距離感なのではないかと思います。

サイン本の入手方法

本作、出版の由来自体もとってもユニークで。

書肆imasu」というレーベルから刊行されているのですが、こちらは志学社という出版社さんの編集者さんが”ひとりレーベル”として立ち上げられたとのこと。

その刊行第一弾として、この「私の猫」と、「城崎にて四篇」という、こちらもとてもユニークな2冊が出版されたのでした。

立ち上げた編集者さん曰く、「私の猫を本にしたくてレーベルを立ち上げた」とのこと。

な、なんて熱量……!

そして「私の猫」(そして「城崎にて四篇」も)、店舗によってはサイン本も入手可能です。

サイン本はこんな感じ。
ところで表紙開いたところも渋くてかわいいですよね。

サイン本の取扱店舗は版元の紹介ページにて確認可能です。

取扱店の在庫とは情報が連動していないので、行く前に確認することを強く勧めます!

ちなみに、わたしがこっそり営んでいる神保町のシェア型書店で、「私の猫」「城崎にて四篇」のサイン本を定期的に仕入れてお売りしています。

ネット通販も可能ですので、よければ覗いてみてください。
夕方書房と申します⇨https://passage.allreviews.jp/store/GKXDXHZJCNXDSCA4YAURYDZ2

私小説的な香り漂う猫文学

さてさて、やっとこさ本作の感想に入っていきます。

普段あまり私小説を読まないこともあって、本作が私小説なのかそうではないのかは、あまり気にしないで読んだらいいかな?と思いました。

と言った傍から恐縮ですが、本作で語られるエピソードがなかなかの破天荒なこともあり、実際どこまでがご本人の体験に基づいていて、どこからが創作なのか?

その線引きが気になるのもまた、読み手の本心だとも思います。

ということでこの記事では、長年の十文字青ファンを自認するワタクシが、各話の感想をつづりながら、超勝手に事実と創作の境目を考えてみます。

十文字さんはこれまで多くの文章を書かれており、色んな形で自分自身についても話されています。最近ですとmondで多数の質問に回答されていますし、多作なだけあってあとがきも沢山書かれていますね。

mondの問答、特に人生相談系の内容はファンのみならず面白くて、やっぱり文章の温度が好きだなと思います)
(ところでmondって”問答”から来てるのか?と思ったのだけど、どうなんだろう)

それらを長年眺めてきた古参のオタクとしての、自分自身への挑戦みたいなものですね。

※あくまで遊びです。当たり外れは全く保証しません。

◆父と猫

語り手が幼少期からの猫と父との関係性を語る小咄でした。

最初の書き出しがいいですよね。

「私は猫と話が出来る。最初の猫はタマといった」(P2より)

とても静かなトーンで、少し昔の純文学のような文体で、至って真面目に、猫がいかに優れた恐ろしい存在であるかが訥々と語られて。
猫と暮らした経験の無いわたしからすると少しだけ滑稽で、とっても愛おしく感じられました。

猫に対してフラットというか、”飼う”ではなくて、”暮らした・生きた”というテンションが、好ましくて心地よいのですよね。

私小説的な話かという点については、恐らく家族構成や、猫と暮らしたこと、父親の関係性はご自身の経験に基づくものだと予想します。

この本を世に出してくださった平林さん(大感謝)が、自社作品解説記事の中で下記のように語っておられました。

「この時点で、私は短編集として充分なものができるだろうと思ったのだが、さらに「父と猫」が書き下ろされた。おそらく、この短編集に入れなければ、世に出なかったであろうエピソードだ。」

”エピソード”という言葉が用いられたことで、これは十文字さん自身の経験に基づくものなのだと、わたしには感じられました。

本作、後味も独特ですよね。
父親とはなんの感情も共有していないという語り手。そこに後から知らされるエピソード。そして最後の二行。皮肉でもあり悲哀でもある。後味は良いのか悪いのか、という。

十文字青さんの一般文芸!という感じで、とっても良かったです。

◆19981999

98年から99年のススキノに生息していたストリート(=ストリートミュージシャン)たちの青春(?)を描いたお話。

後ろに続く「私の猫」を別の角度から描いた作品のようですね。

破天荒というか、自由気ままというか……わたしだったらお近づきになれないタイプの方々が入り乱れる社会科見学みたいな読み心地。
(noteに感想を上げていらっしゃる方が「クズのレインボー」と評していて、上手な表現だなと感服しました)

この作品の中での猫は、語り手を唯一縛るものとして書かれているように感じます。どこまでも飛んでいける凧を地上と結びつける糸のような存在として。

普段は”ストリート”として活動する彼女の家で生活しているのに、わざわざ1日に一回猫の世話のために自宅へ戻る。世話が終わったらすぐに家を出る。家に居られない事情があるから。

猫にとっては孤独で、結構ひどい状況(その手の人に言わせると、虐待になってしまうのでは?)ではあるものの、「そこはやっぱり猫だから、案外自由気ままに暮らせていいのかもね」とも思えて、わたしは特に何も思わず読み進めました。体温の低い文体がそうさせるのかも。

このお話のどのあたりまでが十文字さんの体験に基づくものなのかは流石に判断が難しいですが、少なくとも十文字さんが”ストリート”をやっていたことや、予備校や大学にほぼ行っていなかったことは過去どこかで見聞きした記憶があるので、ストリートのお仲間たちも何割かは(もしかして、全部?)実在の方をモデルにされているのだと予想します。

ハーブの下りは……十文字さんだったらそんなこともあるかもね?くらいのテンションで読ませていただきました。笑

終盤のイかれた感じが村上龍みたいで面白かったです。
(……あれ?ということは、体験されたからこそ書ける文章ということ…?)

◆愛はたまらなく恋しい

こちらは私小説ではなく完全なる創作だと思いますが、独特の雰囲気のある作品でしたね。

「マルマリ」「クロウジャウジャ」「キバネヒラヒラ」……子どものネーミングセンスの幼さ・面白さと、”いちお”と”しおん”の形容し難い関係性や、いちおの転落人生との対比が痛々しく、悲しいお話だなと感じました。

いちおにはそういった悲しさを感じ取る機能(習慣?)や、それを嘆く性質では無いことが、救いといえば救いだし、それが悪循環を呼んだような気もします。

こういうお話を読むと、それじゃどうすればよかったの?をつい考えてしまうのだけど、このお話に関しては、物語として完結していて、ifを挟む余地が無いように思いました。

◆私の猫

「19981999」と対になるお話。大学生だった語り手(19981999の中では”K”だった人)が猫と暮らし始めてから、それが終わるまでのお話。

初出はウェブ掲載で、星海社のアンソロジーに収録されたとのことだけど、その際だったのか、別のプラットフォームだったのか、忘れちゃったけど見覚えがあるお話でした。

(pixivFANBOXで投げ銭していた頃に掲載されていたのだったかな…?※ざっと見返してきたけどズバリのタイトルの投稿はなかったから記憶違いだったかもhttps://jyumonjiao.fanbox.cc/

19981999の内容と齟齬がある部分(例えば、性欲強めな元カノとヨリを戻すまでの流れなど)がいくつか見られますが、わたしは「私の猫」の方がより事実に近く、19981999は脚色を加えたものなのでは?と予想します。あくまで予想ですが。

それから、システムエンジニアになるくだりや小説家になるまでの経緯も、以前何かで見聞きしたことがあります。

ということで、「私の猫」は(おそらく「父と猫」と同じかそれ以上に)私小説としての成分が濃いように思ったのでした。

そうすると、書いてあることが全て事実なのか?という点が気になりますが、「浮いてる感じがする」の下りは、友人または家族から言われた言葉だったような?気もするので、多少は脚色・創作が入っているところもあるのかな?と予想します。
(逆に恋人に言われた方が事実で、別の場で「浮いてる感じがする」と書かれた時に、そちらにアレンジを効かせた可能性もありますが)

本作が一番”猫と暮らす”様子が描かれていて、なるほど確かに猫文学、と思いました。

さして可愛がりはしない、憎たらしく思ったりする。それはすなわち、家族ということなのだと思います。

猫はもちろんすごく可愛い生き物だと思いますが(飼えないので、時々保護猫カフェに行きます)、自立した生き物同士、という本作の距離感が素敵だなと思いました。

それにしても、もし本作が私小説に近いものであるならば、十文字さんの体調が心配になるわけでして、そこはどうにか頑張っていただいて、皆川博子先生のようにいつまでもいつまでも描き続けてほしいなと思いました。

その時々の、その年齢での作品が、見続けられたらいいなと。古参のオタクとして、そんなことも感じた作品でした。
(本作のラストは新たな命(彼女の妊娠)を授かるところで終わっていますが、お子さん、本当にいらっしゃるといいですね!(これまで触れたことのない情報だったので、最初に読んだ時は古参オタクを自認する立場として少し戸惑いましたが))

※Amazonでも買えますが、サイン本ではありませんよ〜!