これは新鋭!逢坂冬馬「同志少女よ、敵を撃て」の圧倒クオリティ

近頃書店の文芸コーナーに行くと、こちらの表紙を見かける機会が多いと思います。

アガサ・クリスティー賞(後述)で、同賞の史上初、審査員全員が満点をつけたとの触れ込みで、しかもデビュー作で早くも直木賞ノミネートと、何かと注目を浴びている作品です。

前回の直木賞は佐藤究さんの「テスカトリポカ」でした。

https://sunset-rise.com/star5/tezcatlipoca

ちなみに今回の直木賞の他候補はこちらとのこと。(参考:直木賞HP

恐縮ながら他作品は未読なのですが、超勝手予想では黒牢城と同志少女〜の一騎打ちでは!?と思っています。

黒牢城は界隈でも有名な賞(このミス、ミステリが読みたい!、本格ミステリベスト10)を総ナメしているので、よっぽど面白いのでしょうね。次読んでみようかな…

対して、同志少女〜が受賞した”アガサ・クリスティー賞”は早川書房さん主催の公募新人賞なので、ハクという点では有名ミステリ関連の賞ではどうしても劣りますね。

でも!本作!めちゃ面白かった!

ので、個人的にはぜひ直木賞を取っていただきたい…!と応援している作品でもあります。ちなみにデビュー作で直木賞受賞というのは、もし叶えば2000年の金城一紀『GO』以来22年ぶりとのことですよ。(早川書房さんのリリース情報より)

(なんと、結果発表は本日(1月19日)とのこと…!ただいま日付が変わったAM1時、発表前に投稿したいと思って、慌ててこの記事を書いています笑)

気になる方にはぜひ予備知識なく読んでいただきたいので、ここから先は面白さが伝わるような雰囲気のみご紹介しつつ、後半ではネタバレを交えて感想を書き連ねたいと思います☺

もうすでに気になっているよという方は、ここから先を読んでいただく必要はありませんので、ぜひポチッとしていただいて、読み終えた後にネタバレ感想で一緒に盛り上がりましょう!笑

ふんわりあらすじと読みどころ

公式のあらすじを貼ろうかな〜🤔と思ったのですが、確認したらまぁまぁストーリーを説明してしまっていたので、独自のあらすじでお届けします。笑

(ちなみにわたしはSNSや書店で面白そう!と思う本を見かけたら、なるべく事前情報を頭に入れずに、まっさらな気持ちで読むのが大好きです。ので、なんとか中身を紹介せずに読みたい気持ちになっていただけたら…といつも試行錯誤しています笑)

雰囲気だけちょこっと

本作は、第二次世界大戦下、1941年から1945年まで”人類史上全ての戦争・紛争の中で最大の死者数を計上”したと言われるドイツとソビエト連邦間の戦争、いわゆる独ソ戦を舞台にしています。


そんな凄惨極まる独ソ戦において、ソ連側は、第二次世界大戦において唯一、女性を前線に大量に送り込んでいました。


それらの事実を下敷きに、本書は大量の文献に当たりながら(例えば、実在する史上最強の女性スナイパーと言われたリュドミラ・パヴリチェンコ も本作中に登場します)、独ソ友好を胸に外交官をめざしていた18歳の少女・セラフィマが、女性だけで構成される狙撃小隊に身を置き、激戦をくぐり抜けて行く様子をまざまざと描き出していきます。

戦争モノというと、悲惨で、過酷で、読んでいてつらい……という印象があるかと思います。

もちろん本作も、あちこちで、あっけなく、悪い冗談のように……人が死んで、死んで、死にまくります。読んでいてつらい気持ちにも、当然なります。

ただ、それらを乗り越えてでも読みたくなる面白さがあり、登場人物ひとりひとりが脳内で立ち上がってくるようなリアリティがあり、彼女たちの葛藤から目が離せなくなり篤い友情に心が揺さぶられ終わり方も(個人的には)大満足!

これはもう、面白いとしか言いようが無い〜〜!

という作品です。何となく魅力が伝わりましたでしょうか……😌

読みどころは何と言っても、敗戦寸前まで追い込まれていたソ連が反撃に転じ、結局はナチス・ドイツを敗北に追い込み、第二次世界大戦の趨勢を決めたという独ソ戦そのものだと思います。

日米間の戦争には触れる機会が何かと多いですが、独ソ戦は全然触れてこなかったので(大学受験、世界史選択ではあるのですが……笑)、ソ連では女性が前線に大量に送り込まれていたということも含め、読んで初めて知ることがとても多かったです。

本作は、主軸はあくまで少女セラフィマに置きながらも、ドイツ・ソ連それぞれの作戦や指揮命令がどうなっていたか、狙いみたいなものが丁寧に描かれ、独ソ戦の全体の流れが分かるところがとても良かったです。

独ソ戦といえば、漫画化されたことでも話題の「戦争は女の顔をしていない」を併せて読みたくなりました。

著者ご本人もインタビューの中で、「戦争は女の顔をしていない」との出会いが本作を描くきっかけになったと語られていました。

※こちらのインタビュー、とっても面白いのですが、あらすじが盛り盛りに紹介されているのでご注意ください!笑


コミック版はこちら

本作で描かれている戦争は、とにかく過酷で、悲惨で、この世の地獄のようで……直視できないほど克明に戦況を描き出すことによって、今後決して戦争を起こしてはならない、一刻も早くこの世から戦争が無くなって欲しい……という著者の真摯な願いを感じ取ったように思いました。

わたしも僭越ながらそんな思いも込めつつ、本書をおすすめ出来たらなと思っています。

猛プッシュで恐縮ですが、誰が読んでも心に残る力作だな〜!と思いましたのでご紹介させていただきました。もし気になりましたらぜひお試しください!

※この先、本書の重大なネタバレが続きます。未読の方、読みかけの方はご注意ください!!

ネタバレ解禁!敵って誰?本書を”あの一言”でまとめていいのか?について

さて、ようやく思う存分感想を書けるようになりました笑

思ったことを書くだけなら最初からネタバレ全開でああだこうだ言った方が早いのですが、面白い本を読むと「これを少しでも世に広げねば」という謎の使命感が湧いてきてしまうのですよね。

そうでなければ、ブログをわざわざ書いてる意味って何なの?と思ってしまうというか。

それゆえ、毎回記事が長くなり、そして書く方も大変なので、本当はもっと読んでるのに全然記事化出来ないというジレンマも抱えてしまうのですよね😂 どうにかならんかな、ならんか。

さて(2回目)、

文句なく面白かった本作ですが、おもしろポイントは既にいくつかご紹介したので、気になったところや印象に残った場面について書こうと思います。

「同志少女よ、敵を撃て」の敵って?

まず気になったのは、『敵って誰?』ということでした。

狙撃兵になる前、まだセラフィマがイワノフスカヤ村で無邪気に暮らしていた頃、彼女は外交官になることを夢見ていました。

それが、唯一の肉親である母と、家族同然に暮らしてきた村人の全てがドイツ兵によって無慈悲に殺され……、そして自分を助けてくれたイリーナは、母の遺体を踏みつけ、写真を投げ捨て、村に火を放ちました。

これによって、セラフィマの”敵”はドイツ兵であり、イリーナになったのですね。

彼女は復讐心を燃料に厳しい訓練を乗り越え、ドイツ兵を殺す狙撃の名手になっていったのでした。

(ところで、セラフィマの復讐心は誰にとっても鎮火できないほどに強固なもので、経緯を考えれば誰でも納得するところなのですが、そんな「誰でも納得するいきさつ」には、必ず悲惨な出来事がセットになってしまうのですよねぇ。それが最近、わたしにとっては少し悲しく感じられます。物語の起伏のために、一度どん底を読まないといけないのが切ないというか。もっとのほほんとしながら、説得的な物語があったらいいなぁと思うのです笑)

(でも、のほほんとするだけの物語には、それはそれで深く没入できないという…)

そんなセラフィマとは対照的に、後半ではそれぞれの理由で戦争に臨む女性のあり方が描かれていきました。

一人は、ドイツ兵の情婦となりながら祖国を裏切りたくはないという相反する思いを抱えたサンドラ。サンドラは亡くなった夫の子どもを身ごもったことに気づいたため、生き残る手段としてドイツとソ連の両方に情報を流し、自分の身を守り、したたかに生き抜こうとしていきました。

そしてもう一人は、狙撃小隊最年長のヤーナ(通称ママ)でした。ママは、自分の子どもを戦争で失ったことをきっかけに兵士となることを決意し、「子どもを守るために」戦いに身を置きます。そして、自らへの誓いを守るように、自分たちを狙撃しようとして重傷を負った敵国の少年兵を助けるために身を投げ出し、自身も重傷を負うことになりました。

それぞれの思いを持って戦争に挑む女性たち(あるいは男性たち)に感化されるように、セラフィマもまた、戦争と向き合っていくことになるのでしたね。

戦争に参加する理由を「女性を守るため」と置いたセラフィマは、ついに故郷の仇を撃った後に、ドイツ人女性に性暴力を振るおうとする自軍の兵士を撃ち抜きました。

スコープから見えたのは、かつて親愛の情を抱いていた、そして奇跡のように戦場で再開した幼馴染のミハイル……なんという皮肉なのでしょうね。物語としては良くでき過ぎているというか笑

ここまで読んで、セラフィマにとっての「敵」は、単なる「敵国の兵士」ではなく、「故郷の仇」でもなく、「女性の敵」であると理解したのでした。おそらく読んだ方は、皆さんそう解釈するのではないかな。

けれどわたしは、読みながら、また読み終わってからも、その解釈にちょっとした疑問が残りました。

「敵」と「味方」って、果たしてそんなハッキリと色分け出来るような話なのかな?と。

銃撃直後にミハイルの部下目線が織り込まれたことで、そのように感じたのだと思います。

それがセラフィマのスコープの中では、下卑た笑みを浮かべ、ドイツ人女性に馬乗りになっている。エグすぎる…エグすぎるのだけど、なんでそんなことに???

決して部下を殴らなかったミハイル、セラフィマに対して自分は何があっても女性に暴行しないと言い切ったミハイル。きっと全て本心からの発言だったのだと思うのは、わたしが甘いからでしょうか。そんなミハイルをも、戦争は歪めてしまったのでしょうか。

戦勝に浮き立き、上司である自分に対して感謝を込めて(めちゃくちゃ気持ち悪い発想ですが)敵国の女性を捧げようとした部下の思いを汲み取り、”フリ”だけして応じようとしたのでは……と、ついついミハイルを擁護したい気持ちにもなったのでした。

勿論、ミハイルは何も悪くない!セラフィマはやりすぎ!と言うつもりは微塵もありませんが。仮にわたしが書いたような筋書きだったとしても、上司部下の関係は戦争が終われば解消されるものなのだから、決定的な勝利を収めた後なのであれば、部下の要望に応じて士気を高める必要ももはや無いですものね。

ミハイルはやはり、どんな理由があっても敵国女性に暴行しようとするべきでは無かった。

けれど、(擁護するつもりはありませんが)一人一人に、その時々の理由があって、それぞれの行動があった。人の道理を貫けないほどに、戦争には個人の意思など消し飛ぶような大きなうねりがあった。「敵と味方」なんて綺麗な色分けは無くて、それらの狭間にはグラデーションがあったはず。

「同志少女よ、敵を撃て」という印象的なタイトル(と思っていたら、アガサ・クリスティー賞の審査員からは「タイトルが平板」と評されていて笑いました😂まじか)は、「敵を撃つ」という明確な敵対対象を冠しつつ、それによって、「敵とは何か?」を際立たせているのかな…と思いました。

シスターフッドの違和感

復讐心に始まった物語は、隊員同士のシスターフッドも描きつつ壮大な展開を見せる。胸アツ。──鴻巣友季子

帯コメントより

帯コメントにもあって個人的にちょっと引っかかったのが「シスターフッド」という表現でした。

この言葉って、本作への表現として(推薦文や褒め言葉として)適切なの?ということ。

確かに最近の流行り…というのもちょっとおかしいけど、それを題材にした映画や漫画が増え、この言葉を目にする機会が増えたと思います。

わたしはこの言葉を「姉妹愛のような友情を超えた感情」と認識していたので、それって同性愛(いわゆる百合ですね)と何が違うの……??と言うことが、お恥ずかしながらよく分かっていませんでした。

ので、この機会にと思い、いくつかネット記事を読んでみました。以下の二つが分かりやすいかなと。

シスターフッドとは何のこと?フェミニズム運動と連帯

↑こちらの記事は、シスターフッドの語源であるフェミニズム運動の文脈の中で説明されています。言葉の正しい使い方や成り立ちの経緯はこんな感じなのだろうなと。

女性同士の人間関係に変化 いま要注目の“シスターフッド”って?

↑こちらの記事はフラット寄りに、(フェミニズム運動は深掘りしない程度に留めた上で)シスターフッド的と言われる漫画や小説を取り上げています。

フェミニズムに手をつけると収拾がつかなくなってくるのでこれ以上は触れませんが、要は、「女性同士の深い連帯感」が総論的な意味合いで、その中に「女性問題に対して共闘しよう」と言う意味合いもあれば、「姉妹愛というべき友愛」も含まれれば、「女性同士のバディ感」も含まれる、ということなのですね。

だいぶ広い意味なんだなぁ。

それを知らずして、単に「シスターフットもの」という先入観だけ与えられて読んでしまったので、せっかくセラフィマとイリーナが真に打ち解け、わかり合ったところで「結局百合ってことか〜い!」という短絡的な感想しか持てなかったのですよね、残念。(自分が)

いやでも、唇にキスしてたし……ロシア娘にとっては挨拶らしいけど……でもでも一緒に住んでるし……生きがいと愛する人を両方見つけたっていう匂わせもあるし……ねぇ?同性愛を想起させるような表現も、十二分にあったとは思います。

わたしが本作に対して唯一どうかな〜と思ったのは、セラフィマとイリーナの関係性をそんな風に着地させたところでした。

それ自体は否定するものでは無く、セラフィマとイリーナの関係性をどのように捉えるかは読み手の解釈に委ねたということなのだと理解しています。

同性愛なのか、師弟愛なのか、あるいは同じ境遇と心理を分かち合うことができるかけがえなの無いパートナーなのか、はたまたその全てが包含されるものなのか、どれでも良いとは思うのです。

ただ、シスターフッドという言葉に対する(読む前のわたしのような)イメージによって、物語を表面的にしか捉えられなくなってしまうとしたら残念だなぁと思うのです。

※ちなみにわたしが初めて手に取ったシスターフッドものがこちらの漫画だったので、こちらの作品の「シスターフッド観」がわたしに植え付けられたのかも。

最後に、これは出版社側への文句ですが、シスターフッドという言葉を帯では使わないでいただきたかったなぁ。せっかくの素晴らしい物語は、なるべく先入観なしに読みたいものです🤔

今回、文字にしたことで自分の中の理解もより一段深まったように感じました。最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!

とっても気に入った作品だったので、登場人物まとめとか、独ソ戦の勉強とか、名場面集とか、また別の記事で書いてみようかなぁ。

あ、もし分かる方が居たら教えていただきたいのですが、裏表紙に描かれている女性って誰なのでしょう?お母さん?イリーナ?シャルロッタ……??
表紙カバーを外して読んだので、読み終えてカバーを戻したときに「誰…?」ってなりました笑