ゴールデンカムイと楽しむ直木賞「熱源」

発売当時から気になっていた川越宗一さんのあつあつ歴史小説「熱源」をようやく読みました。第162回直木賞も受賞されましたね、おめでとうございます。

薄く明るい青色の空と、白黒の森を駈ける犬ぞりの表紙が印象的です。

史実を下敷きに樺太アイヌの戦いと冒険を、時にユーモラスに、時にスリリングに、そして根底に熾火のような熱を常に持ちながら、丁寧に描かれた作品でした。このまま大河ドラマの原作にできそうです。(外国パートが結構あるのでそのままは難しいと思いますが。雰囲気として)

寄せられたコメントもあつあつなのでご紹介させていただきます。

近年まれにみる大きなスケールで小説世界を築き上げている。
――浅田次郎氏(直木賞選考委員)

民族に優劣などない。価値観は異なっても、互いに関わりあうことで、人の強さは生まれる。
――角田光代氏(直木賞選考委員)

重たい題材を、ときにユーモラスに、ときにスリリングに語って、読者を離さない。
時代の中で、私たちは多くを失い、変化させざるを得ないが、何かをとどまらせる意思を持つのも、人間だけなのだと小説は熱く訴えてくる。
――中島京子氏(「毎日新聞」2019年10月13日より)

日本とロシアという二つの帝国に翻弄され、同胞と引き裂かれた二人の男。遠く離れた地で生まれた彼らの人生が国境の島で交錯し、読み手の心に静かな熱を生む。
――梯久美子氏(「文藝春秋」2019年12月号より)

出版社特集ページより

特集ページでは登場人物紹介・著者インタビュー・年表・地図などコンテンツ盛りだくさんなので、もうちょっとどんな作品か知りたい…という方は見てみると参考になると思います。

https://books.bunshun.jp/sp/netsugen

歴史の転換点には、いつも翻弄される人々がいる。そこに無数のドラマが生まれる。
だから日本人はみんな幕末や明治維新が大好きで、同じ人物を題材にした創作が繰り返し生まれるのでしょうね。歴史小説の面白さって、そういうところにあるとわたしは思っています。

そんな歴史小説好き(いやすみません、わたし自身は幕末や明治維新モノはすごく好き!!!!という訳ではないのですが…)が「樺太アイヌが題材」と聞くと、直感的に「なるほど……かつては明確に”日本人=和人”と”アイヌ”に分かれていた、今はほぼ日本の中に溶け込んでしまった少数民族……しかも北海道ではなく樺太ってことは、日本とロシアの領土をめぐる争いもあったはずで……あまり扱われないテーマなだけに、知らないことも多そうで、面白そう!」となる訳なんですね、たぶん。

中身も、↑みたいな期待感に十二分に応えてくれており、史実の人物もわんさか登場し、たっぷり絡み合い、著者の綿密な取材やこだわりを強く感じました。他の作品もきっと面白いだろうなという確信がありました。(著者の川越さん、本書がデビュー2作目とのこと。すごい!!)

さらに、アイヌに関する注目・関心がここ最近高まってきていることも、本作のヒットの背景にあると思いました。

ここ最近全話無料公開という頭のおかしいキャンペーンを展開している漫画「ゴールデンカムイ」という、北海道アイヌが主人公(のひとり)で、大英博物館でマンガ展が企画された時には他の有名漫画たちを押しのけてキーヴィジュアルに採用されるなど、界隈の注目を集めるめちゃくちゃ面白い漫画があったり、北海道にウポポイというアイヌ文化を扱った施設が開業したり。それから東京オリンピック閉会式のVTRの中でも、アイヌの踊りが紹介されていましたね。

少数民族というセンシティブなテーマゆえに、それぞれに賛否はあるのだと思いますが、わたしのような一般市民がアイヌ文化に触れる機会が増えてきているような気がします。

※ゴールデンカムイ、ファンブック購入するほど大好きな作品で、アイヌ文化だったり言葉だったりを既にインプットしていたからこそ本書にもすんなり入っていけたし、扱う時代もほぼ同じ故に両作品には共通点も多く、そういう観点でも大変楽しませていただきました。その辺りは後半に書かせていただいております。へへ。

それから、タイトルが良いですよね、本作。
「熱源」……このシンプルでいて力強く、美しく、そして奥行きのある、たった二文字のタイトル。
沸騰だったり、エネルギー、発散される力、色んなものが想起されて、もうつよつよですね。おまえの熱源は何か?本の佇まいから、そう問われているようにすら感じました。

アイヌってよく知らない!という方でも勿論楽しめますし、歴史小説はちょっとな…という方も、気軽に読める(文章が堅苦しくも軽くもない、とてもいい塩梅なので)作品だと思います。万人いけます、大丈夫。

以下はネタバレ感想が続きますので、未読の方はご注意くださいませ!ぜひ本作を読んで、一緒に熱を味わいましょう。

ネタバレ感想

熱源って何だろう。

何のために生きるのか。何を成すのか。何を成したいと願うのか。何に掻き立てられるような熱を感じるのか。
本書では、それが「人」に集約されると書かれていましたね。(後述の名場面集でご紹介しています)

わたしにとっての”熱源”は何か……。そんなことを考えさせられた。

ヤヨマネクフが後半、南極探検隊に参加したあたりで、ああヤヨマネクフは実在する人物だったんだなと気づいて胸が熱くなった。

物語で語られる通りの人物ではきっと無いだろうし、創作もたっぷり入っているだろう。けれど、彼が抱えていたであろう危機感、歴史の狭間の中で故郷やアイヌ民族が擦り切れて消えてしまうだろうという恐れはきっとそのままで。

こういう近代をテーマに歴史小説を書くときって、史実の人物の子孫に許可って取るのかな?といつも疑問に思うのだけど、仮に許可が必要だったとしても、本作だったら子孫の方の許可も降りるだろうな。

人類学者ピウスツキが録音したテープ(ヤヨマネクフの語りと、イペカラの演奏が入ったもの)を、ソヴィエト軍の女性伍長クルニコワが学生時代に聞いていて、紛争の最中でイペカラとクルニコワが出会う…というのはちょっと出来過ぎだなと思ったけど笑、盛り上がる場面でしたよね。

フィクションならではの起伏と史実の起伏、二つのうねりがこう、相乗効果というかより大きな波を生み出しているなと思いました。

それからこれはちょっとした自慢なのですが、数年前にアラスカで犬ぞりに乗りましてね。白く凍てついた木々と、キリッと冷えた風と、犬たちの力強さがすっごく印象的で、犬ぞりは絶対また体験したいなと思っているのですが、場所は違えど樺太の冬もこんな感じなんだろうなと、自分の体験と重ねることが出来たのも良かったです。

犬ぞり動画。ふわぁ〜って言ってるのはわたしの声ですお恥ずかしい…。軽量化のためにちょっと画質落としましたが、光が本当に綺麗だった。

あつあつ名場面集

「文明ってのに和人は追い立てられている。その和人に、おれたち樺太のアイヌは追い立てられ、北海道のアイヌはなお苦労している」
「文明ってな、なんだい」
 ヤヨマネクフが前から抱いていた問いだった。開けた文明人たれとは、学校で散々に言われるが、それがどんなものかさっぱり想像がつかない。
「たぶんだが」チコビローの顔はやはり苦い。
「馬鹿で弱い奴は死んじまうっていう、思い込みだろうな」

P51~52より

「私たちは滅びゆく民と言われることがあります」
 ロシア語の思わぬ出だしに、まずブロニスワフが顔を上げた。
「けれど、決して滅びません。未来がどうなるかは誰にもわかりませんが、この録音を聞いてくれたあなたの生きている時代の何処かで、私たちの子孫は変わらず、あるいは変わりながらも、きっと生きています」
 ヤヨマネクフは断言したが、その訥々とした声には祈るような響きがあった。
「もしあなたと私たちの子孫が出会うことがあれば、それがこの場にいる私たちの出会いのような幸せなものでありますように」
 こんな丁寧な話し方ができたのか、とイペカラは驚き続けている。
「そして、あなたと私たちの子孫の歩む道が、ずっと続くものでありますように」
 その未来にあたしは生きていくのだ、この男たちに送られて、あたしの音と共に。
 イペカラは点じた熱の感触を確かめるように、自分の胸に手を置いた。

P249~250より

「だからもう半分は、生きてやり抜け。のうのうと死んでる場合じゃねえぞ」
 角ばった親友の顔を見て、ヤヨマネクフは気付いた。
 いつか見た故郷、小さな木幣、たなびいた煙。悲しい経緯ばかりだが、それらに突き動かされてこれまで生きてきた。親友に今、なお生きよと諭された。
 生きるための熱の源は、人だ。
 人によって生じ、遺され、継がれていく。それが熱だ。
 自分の生はまだ止まらない。熱が、まだ絶えていないのだから。
 灼けるような感覚が体に広がる。沸騰するような涙がこぼれる。
 熱い。確かにそう感じた。
「帰ろう」

P371より

ゴールデンカムイと熱源

ゴールデンカムイファンブック探求者たちの記録によれば、杉元とアシリパさんが出会ったのが1907年、ヤヨマネクフが南極探検隊に参加した(南極探検隊ウィキによる出発年)は1910年なので、杉元とアシリパさんが北海道で大暴れしている時には、既にヤヨマネクフは40代だったようですね。

ヤヨマネクフのウィキによれば、南極探検隊参加前は樺太に居て金田一京助の研究に協力していたようなので、ゴールデンカムイの樺太編ではすれ違っていたかも…?なんて妄想も膨らみます。

ゴールデンカムイの樺太編では、トナカイと共に生きる少数民族のウイルタも登場しましたね。

第164話悪兆より

それから(ゴールデンカムイのネタバレになってしまうので詳細は避けますが)ピウスツキとキロランケニシパにも思わぬ共通点がありました。

樺太編はゴールデンカムイ作品全体の中で超重要パートでありつつも、それまでの変態囚人バトルとは様子が違ったため、間延びしてるとかペース落ちたと言った意見もあるようですが、「熱源」と併せて読むことで、より広がりのある楽しみ方が出来ると思いました。

ところで樺太編では、ドストエフスキーファンがめちゃくちゃ刺激を受ける描写もありまして…ゴールデンカムイのごった煮感、本当におすすめなのでぜひ読んでほしい。

9月17日まで、1話から最新話まで全話無料公開!単行本26巻の続きも読めてしまうという頭のおかしい企画(褒め言葉)が開催中なので、ぜひぜひ…!(しつこい)

(あっ埋め込みできた)

野田先生に熱源のキャラも書いてみてほしいな…