あなたとわたしの恋に効くお守り「放課後の音符」
(がーん、わたしの持っている文庫本の方が素敵な表紙だな…)
あらすじとざっくり感想
女子高生たちの放課後を散りばめた短編集。
身体は大人でも、心はまだ中途半端な年代を描く作品は多数あれど、本作が他の小説と違うのは、文章に”匂い”を感じるところだと思う。
各話とも、語り手の近しい存在として語られる友人たちがそれぞれ恋をして、語り手はそれにドギマギするという内容になっている。話としてはシンプルだしありふれたテーマかもしれない。出色なのは、冒頭にも書いた通り、文章から匂いが…恋の匂いが立ち上ってくること。
そんなに私、大人じゃないわ。私の言葉に少しはにかみながら彼女は言う。男と寝ているからって、それが大人だってことじゃあ、ないよの。そんなこと、私だって解っている。寝るだけのことなんて、体が大人の私たちになら誰でも出来ることだ。ディスコにすこしお洒落して行けば、寝ることの大好きな男の子たちが次々に寄って来る。
P13より
だけど、私は思うのだ。こんな子たちと寝たって、甘い音楽の流れるようなベッドの時間なんて、訪れる筈がないのだ。シーツのしわが、そのまま五線紙担って、それを柔く蹴とばす足先が、やさしい調べを奏でるような、そんな時間など、決して持てる筈がない。
クラスに好きな男の子がいる・付き合ったけど別れた・もう好きじゃなくなった…。
そんなごっこ遊びの延長としての恋ではなくて、体の内側が甘くしたたるような…固く閉じた蕾がゆっくりとほどけて、花弁が開いていくような…
文字にすれば恋としか言い様がない、けれどこれまでの恋とは決定的に違うような…
(書いてて恥ずかしいのですが、でもそうとしか言えないんすよ)
恋に対する憧れとおそれを抱かせるのに、こんな優れた小説は無いと思う。
うん、本作は誰かにとってのある種の、お守りであり、セーブポイントのような小説だと思う。
かつてのわたしにとっては、自分もいつかこんな気持ちになるんだと願うお守りだったし、今のわたしにとっては、ああこんな風に胸を苦しくさせた頃があったなと思い返すセーブポイント。
(そして、果たして自分はこの小説に出てくるような恋をしたかな?と思い返すことになる)
本棚にさりげなく並べて、時折そっと背表紙を撫でたい、わたしにとってはそんな作品です。
読み返してみると、いやこんな女子高生は今も昔もいないだろう、と突っ込みたくはなるのだけど笑
作品に漂う80年代の空気感も含めて、わたしは好きだな。郷愁と憧れが詰まっている。
数時間で読めてしまう薄さに8つの短編。
すぐ読めて流のに、しっかりと心をさざ波立たせる面白さ!
恋に胸を苦しくさせたい人におすすめです。
(特にSweet Basilにウッッッ😩‼‼となった。詳しい感想は↓に書きまっす)
各話のネタバレ感想
Body Cocktail
ボディにカクテル作っちゃったカナちゃんのお話。この話を読んで、アンクレットに憧れた時代がわたしにもありました。この本の語り手の女の子って、大抵両親が離婚してしまっているのね。
読み返してて一番笑ったのは、カナちゃんがすごくシンプルなデザインの便箋で手紙を書いていて、「書くことが、すごく情熱的だから、このくらい地味なのでいいのよ」というところ。本作の女の子たちの発言って、大概浮世離れしているんだけど、それが本作の魅力でもあるんだけど…これは流石に笑ってしまった。
Sweet Basil
幼馴染の純一を見つめ続けるリエちゃんのお話。語り手は純一への恋心を、リエちゃんが純一を見つめる視線によって自覚するのだけど、自分が純一の側に居られるのは「そういうの」を持ち出さないからだとも分かっていて、目覚めた恋心と、純一を独り占めしたいという気持ちがギュッッッとなる様子に、こちらも胸が苦しくなってしまう。リエちゃんの描写も秀逸だし、リエちゃんの視線に純一が気づいてしまった時の様子もすごい。
(前略)目を開かなくても、リエと純一が見詰め合っているのが、私にはよく解る。あのしとやかに、けれども、甘く彼の背中を灼いていた彼女の視線を、今、ようやく知って、彼はどんな気持ちだろう。恋をするのには、もう、とうに完璧な素材を持っている私たち。その中でも、良い匂いのするスパイスを振りかけられた女の子の存在に気づいてしまった彼は、これから、どうするだろう。もしも、彼とリエが、息のかかるくらいの距離で囁き合う時が来たら、彼は、彼女の背中を気軽に叩いたりはしないだろう。ためらいながら、こっそりと撫でることだろう。そうして、男の子は女の子を、益々、おいしく料理して行く。
P49より
Brush Up
帰国子女でアメリカンスクールに進学して自分を解き放った雅美ちゃんの話。この本って、ほとんどが“他のクラスメイトとは違う特別な女の子に何故か気に入られる語り手”で、そんなご都合主義な…と思わなくも無いのだけど、そんな特別な女の子が見たくて読んでいるのだから仕方ないよね。
雅美ちゃんが語り手の家に遊びに来た時、すっかり様変わりした雅美ちゃんを見てびっくりした語り手の父親に対して、丁寧な挨拶をするところが好き。
「おじさま、ご心配なく。私、別に不良になった訳じゃありません。私自身に戻っただけなんです。娘さんを仲間に引き入れようとすることもありません。ただ女の子同士で、パジャマパーティをしに来ただけなんです」
P58
こんなにしっかり挨拶されたら、そりゃもうどうぞどうぞってなるよね。この「特別な女の子たち」は、自分自身をしっかりと持っていることが共通しているなと思った。10代のころに、この日本で、どれだけ確固たる自分を持てるか。それが特別の所以なのかもしれない。だとしたら、少し悲しいことだけど。
それから、雅美ちゃんが語り手の部屋でタバコを吸うのだけど、語り手は灰皿が無いからといって宝石箱を出すのだよね。それがすごく印象的で。宝石箱って!わたしは持ってなかったな、でも素敵な響きだよね、宝石箱。色んな石ころが沢山くっついたようなやつ。欲しいな。
Crystal Silence
夏休みに沖縄で、耳が聞こえない男の子と全力の恋をしてきたマリちゃんのお話。沖縄の強い日差しと、海水のしょっぱさと、濡れた足にまとわりつく砂、果実の甘い汁でベタベタになった腕…五感に訴えかける文章がお見事。
しかし、赤坂のホテルのラウンジでお酒を飲む女子高生ってすごいな…わたしも一応都内の高校に通っていたけど、そんな姿想像つかないな…それともわたしが気づかなかっただけで、居たのかな?とか、本筋じゃ無いところが気になってしまった。
そういうしっとりした振る舞いを身につけたら、もっと大人になれるのかな。なんて、年齢的には堂々としたもんだって感じの大人が思うのでした。
Red Zone
28歳の女性に彼氏(サエキくん)を奪われてギャン泣きするカズミちゃんのお話。男子高校生と28歳ってまた、素敵な組み合わせだな…と、ついついサエキくんの肩を持ってしまう。この話も、それこそ90年代の少女漫画みたいなところがあって、申し訳ないのだけどやっぱり笑ってしまう。だって、秋には恋に落ちないって決めていたけど、もう先に歯が痛い!
あと、この話にも最後に宝石箱が出てくるの、鍵付きのやつ。宝石箱って、この時代における少女のアイコンみたいなものだったのかも。素敵だね。
Jay-Walk
千切っては投げるように他人の彼氏を奪っていくヒミコちゃんと、夜の六本木に繰り出すお話。ヤクザの娘っていう設定もアツい。
あいつはいい加減なやつだと、誰もがヒミコのことを言う。男の子も女の子たちもだ。彼女は、教室のお掃除なんてしない。放課後は、そそくさと帰る。誰かがとがめると、私にお掃除なんて似合わないと、あっさりと言い残して、ひらひらと踊るように歩き去ってしまう。何かの当番がまわって来ても、私は、パス、とだけ言って爪をやすりで磨いていたりする。そんな自分勝手な彼女に誰も面と向かって、駄目じゃないの、などと言わない。何故なら、彼女は、ものすごく美しくて、そういう我儘が、どうしようもないくらいに似合っていたからだ。
P121より
ヒミコちゃんも、話の中で出てくるヒミコちゃんのお兄さんの彼女も、男の人のために自分を着飾るのが大好きなのだと言う。この辺りが、今の時代とは少し違うのかもね。今は、自分自身のために自分を飾る女の子の方が多いような気がする。誰かのためにではなく、自分のために。
Salt and Pepa
先生とカヨコ先輩の逢瀬を目撃してしまった女の子の話。音楽室で抱き合う先生とカヨコちゃんが、読んでいるこちらも息を潜めたくなるくらい、密やかで、けれどいやらしい雰囲気ではなく、倫理的にはNGだけど見逃したくなるような真剣な様子なので、見入ってしまう。文章力があるなぁ…と感心する。
カヨコ先輩は素敵な人なんだけど、先生の部屋に初めて行った時、嬉しすぎて煙草の吸い殻を一本持って帰って箱に入れたと言っていて、それはちょっとヤバいなと思った。
Keynote
Sweet Basilの続編(やった!!!!!!!!!)。すっかり純一のことは吹っ切れた“私”と、リエちゃんと別れた純一とが結ばれる話。最後の最後で、これまで傍観者だった“私”が、この感想で書いて来た“特別な女の子”になって、これまでとは違う、一歩踏み込んだ恋をする、という話を最後に持ってくる、この構成にグッとくる。大好き。
しかし、読み手としては、あっさりリエちゃんと別れた挙句に、授業中に手紙でその旨を“私”に伝えてきて、果てには付き合ってないのに周りには「コイツと付き合ってる」と吹聴する純一って、ちょっとどうなの…?と思ってしまう笑
“私”と純一はきちんと恋をするんだけど、何となく後々純一が振られて終わる気がするというか笑
もうすっかり記憶の底に沈んでいたのだけど、当時すごく心に残っていたフレーズがあったことに読み返して気づいて、きゅんとした。
「床もこの匂いがする。おまえが帰ったら、どうしよう。ひとりで、こんな気分になるのって耐えられねえよ」
P183
初めての行為を終えた後、“私”の香水について純一が漏らしたセリフ。こんな風に男性を縛ることができるって、香水ってすごいなと、当時ドキドキしたものだったな。結局わたしは、母親が香水を始めとするあらゆる人工的な香りが苦手ということもあって、これが自分らしいと思える香水をまだ見つけられていないのだけど、やっぱり探したいなと、改めて思いました。まる。
あとがきも素敵だよね。わたしも、もし女子高生に贈る言葉があるとしたら、同じ言葉を送りたい。無駄遣いする時間を大切に、と。
ああ、やっぱりすごく好きだな本作。
解説(堀田あけみさんという方が素敵な解説を寄せてるのだけど、今本屋さんに売ってる版も同じ解説なのかな?)にもあったけど、鞄に忍ばせて、大切な友だちにそっと見せたい、そういう作品だと思う。そう思える作品って、意外と少ないものね。