「自転しながら公転する」で文章力の魔法にかかった
キャッチーなタイトルと表紙なので、聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
プライムデーでお安く入れたKindle Unlimitedの対象作品だったので、「そういえば気になっていたしな…」と読んだ作品でした。
山本文緒さん、実は初めて読む作家さんだったのですが、さすがの文章力ですね!
本作、読んでいる間は「すごい!わかる!面白い!」と思いながら読んでいたのに、読み終わって誰かにその面白さを語ろうとすると全く面白く話せない・面白さが伝わらない作品だなと思いました。
これはまさに、山本文緒さんの魔術=文章力のなせる技。
だって単純に書くと、牛久のアウトレットで働く30代の男女が揉めながら付き合う話、なのだもの。そこに、30代ならではのあらゆる悩みや、人間関係、湿っぽい感情論……いろんなものが混ぜ込まれていくという。
終盤のとあるシーンでお恥ずかしくも泣いてしまったのだけど、それも全然人に説明できないというか、これこれこういう訳で……と説明したら「ふーん」で終わりそうというか笑
今思い返しても、何で泣いた?と自分でも疑問なのですが、読んでいる間は必死で、感情移入していて。これもまた山本さんの巧みな文章に依るものだと思いました。魔法だ……。
あと面白さといえば、主人公の女性(東京でアパレルの仕事をしていたけど、母親の看病のために地元に戻ってきて、今はアウトレット内の服屋で契約社員として働く32歳・与野都ちゃん )に対して、作者が容赦無い心理描写をぶち込むところが良かったです。
本作は「共感度100%!」的な推され方をされているのですが、生々しい……醜い感情も書かれていて、「この気持ち分かる〜!」と言ってしまったら少し人間性を疑われるというか、誰にも言えないけどそういう気持ちになることもあるよね、までを踏み込んで描くというか、本質に迫る部分が面白かったです。
結婚、仕事、親の介護ーー
全部やらなきゃダメですか?
あたたかなエールが届く
共感度100%小説!
との煽りですが、全然こんなに明るくて爽やかな中身じゃないです笑
読んだ人とは、「あのシーン、エグかったよね〜!」「都ちゃん (※主人公)ってこうだったよね〜!」と語り合いたくなるタイプの作品でした。
あいにく周りに語り合える方がいなさそうなことと、同じ気持ちになった方と擬似的に語り合いたいなと思ったので、読みながらメモを取っていました。
リアルタイムネタバレ感想として残しておきますので、ややとっ散らかっていますが、生々しい感想が読みたい方はご参照ください!笑
リアルタイムネタバレ感想
ベトナムでの結婚式シーンのあっけらかんとした感じ、畏れ知らずの強い女感に「へー」としか思えなかったプロローグから、いきなり牛久大仏にアウトレットモールにと、中流的な世界に雪崩れ込んでいったことに興をそそられた。何ゆえ牛久からベトナムへ?同じ人の話?
都さんの物語は申し訳ないけど平凡で、だからこそ目が離せない何かがある。アウトレットモール店の非正規社員という絶妙な立ち位置。母が抱える重度の更年期障害。ちょっとした、でも都ちゃんにとっては重大なピンチを救ってくれたところから始まる貫一との関係。東京まで出ずとも、意外と柏での買い物や食事も楽しいところも、リアル。
この国に絶対いる人たちの、絶対こんな暮らしをしているだろう(貫一の、清貧と言っていい暮らしぶりは、良く書きすぎている気がするけど)、絶対こんな悩みがあるだろう……というリアルさと、フラッシュバックのようにチラつく冒頭のベトナムが、いい仕事してあるなという感じ。
羨ましくて爆発しそうだった。ああいう男性と付き合っているそよかが心底羨ましかった。高学歴で、いい会社に勤めていて、優しくて大人で、冷静に女の人を守ってくれる。 でも、自分はああいう人と巡り合える気がしなかった。 自分が巡り合ったのは、貫一だ。
☝︎ほらもう、容赦なくて笑う。せっかく助けてくれた人たちを妬むんじゃあないよ。
静枝の絶望は、これから自分が直面する絶望かもしれなくて、読むと気が塞ぐ。
慌ててついて行くと、浅草口を出て少し歩いたところにあるホテルの一階にある店に連れていかれた。パリのビストロ風と言ったら言い過ぎだが、上野とは思えないような洒落た外見の店だった。広々としたフロアは八割ほど埋まり賑わっていた。焦げ茶を基調としたパブ風の内装で、かしこまったレストランではないがいかにも美味しそうな雰囲気だ。メニューを見ると、この店の看板料理はローストチキンらしい。こんがり焼けた鶏肉の写真を見ただけで食欲が刺激された。
わたし、絶対このお店行ったことある!笑 ここだと思う。
https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131101/13123339
貫一はすごくいい男なのではと思うけど、今の社会の物差しではその良さを測ることが出来ない。もどかしい。そして貫一の魅力に触れた都ちゃんが、愛情ではなく自己嫌悪を深めるところがね……確かに……と唸らされる。
都ちゃんの自己開示力すごいな。
お酌は女がするものではなくて、酒飲みが同志を潤すためあるいは人と人同士の気遣い(そしてどうぞ酔っ払えという好奇心)によるものであるべき。
ほんで東馬さんは清々しいほどのクズだな。こんな典型的な下衆がまだ幅を利かせられている会社そのものが悪い。こっちはどんなハラスメントになるか分からない恐怖で若者と碌に話せないというのに。
怒りと恐怖から救い上げてくれた人たちに対して怒るって、都ちゃんもなかなか最低で笑う。でも人ってこんなもんだよねとも思って、どこか安心する。
父の手術、重苦しい展開は続く。ベトナムどこ行った?鋭く踏み込んだ心理描写に、そういえばこういう本をしばらく読んでいなかったことに気がついた。
女ともだち二人にガツンと言ってもらえるのは怖いけどありがたいことだよね。33歳実家暮らし契約社員女が、自分の人生を自立して歩めていないことの不安を男に求めている話であることが、紗を取り払ったように明らかになって、なんて怖い話なんだとも思った。
自分の愚かさを実感したところで、底を打ったように浮上していくのも、それはそれで何だか怖い。これまでの鋭く容赦ない描写から、それでは許されない感じが漂っている。山本さん、こわいお人だなぁ。
ううむ……東馬が痛い目に遭っているのは痛快として、胸の大きな女性の悩みは深刻だし、丸眼鏡の悪質さには怒りよりも体が冷えるような感覚がある。友だちに胸の大きな子がいるのだけど、きっと苦労があるのだろうなと思ったことがあったから、余計にガックリきた。わたしは性差による不平等や不条理なことを、幸いなことにほぼ感じずにここまで来たけど、これを読み、身に覚えのある女性は怒りが再燃するのではないか、あるいは苦しみを覚えるのではないか、それが憎しみを再生産するのではないか……と勝手に心配な気持ちになった。
心揺さぶられる読書体験はすごいことだけど、こういうのはあまり望んでないなぁ。
貫一お宮像の前で、必ず男の子が蹴られる方として写真を撮っているって、なんか救われるようでいいね。
この本、男性が読んだらどういう感想になるんだろう。居心地が悪いことは間違いないだろうな。女性のわたしが読んでもそうなのだから。絶対まだ世の中にあるであろう、と何となく分かっている事態に目を向けさせられているのだから。
暴力は良くないぜ都ちゃん。男の人だって女の人からの暴力がトラウマになっちゃうんだから。
貫一………ええ……それは駄目すぎる。何も擁護できない。
え、いや、お前じゃなかったんかーい!感。都ちゃんがどんどん強くなるのはいいこと。
災害ボランティアの件も容赦なくて、力無い笑い、笑うしかないって気持ちになる。なんかすごい小説だな。作者の人は、世の中の色々なことが許せないのかな。
「どうしたんだよ」 震える声で貫一が言った。 「顔、どうしたんだよ」 「ちょっと転んじゃって」 「転んでんじゃねえよ」 小さな声で彼はそう言った。うつむいて表情が見えなくなった。 「転んだ話、聞いてくれる?」 貫一はうつむいたまま返事をしなかった。 都は彼に触れようと手を伸ばした。明日死んでも百年生きても、触れたいのは彼だけだった。
寿司美味しそう……そして貫一……!都ちゃんがいいならいいよ、幸せにおなりよ。貫一の無免許は最悪だけど、そよかちゃんの言う通り善なる男だよお前はさ。コハダでちょっと泣いちゃったよこっちはさ。でもボランティア帰りの格好で寿司屋はどうかなと思ったよ。
エピローグに納得。そして都ちゃんが逞しい女になっていることにわたしは心強さを覚えた。年齢を重ねて図々しく、我慢しなくなった都ちゃん。きっと本当は違うのかもしれないけど、生きやすくなったのではと感じられて、それはいま都ちゃんと同年代のわたしにとっては希望だった。
一気読みしたら、色んな出来事が自分の中をブワーッと駆け抜けて、過ぎ去って、置き去りにされた気がして疲れた。都ちゃんと貫一の友だちみたいな感覚でハラハラ行方を見守って、一喜一憂を一緒にしていたことに気づいた。わたしは違ったけど、「これは私のことだ」と思う方は沢山いらっしゃるんじゃないかと思う。どちらかというと、職場の同僚や大学時代の親しい友人を見守っている気持ちで読んだ。
いかがでしたでしょう笑
何がどのシーンのことか、伝わらなかったところもあると思いますが(わたしも記事に載せるのに読み直して、自己開示力ってどのシーンで言ってるんだろ?と思った笑)、友だちと漫画雑誌を広げて一緒に読み進めたあの時の気持ちを味わっていただけたら幸いでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!