生まれ変わって何度でも巡り会う、直木賞受賞作「月の満ち欠け」

 はやぶさを下車した21番線ホームから、新幹線の改札を経て、その先は道案内の表示板に目を配り、キャリーバッグを転がす旅人やビジネススーツの男女や、外国人観光客らにまじってコンコースをめぐり歩いたすえに、およそ半時間がかりで彼は目的の場所にたどり着いた。
東京ステーションホテル2F。(書き出しより)

この、岩波文庫的な表紙がいいですよね〜!(わたしはハードカバーで読んだのですが)

ざっくりあらすじと感想

生まれ変わり、輪廻転成をテーマにした大人の純愛小説。
……と言い切れない、底知れないものを感じた、という感想です。

確かに純愛でもある。でも、見方によってはホラーなのでは?と思うところも。
月の側面みたいに、クレーターに色んな形を見出すように、見る側によって感じ取るものが違う作品なのかも、と思いました。(上手いこと言った感)

東京駅の虎屋で待ち合わせた男女と、ひとりの子供。
男性は八戸からやってきた朴訥とした、冴えないおじさん。
女性は子育てをしながら第一線に立ち続ける女優、そして彼女の一人娘。
「どんな関係性?」と読者に疑問を抱かせながら、どうやら鍵は女優の子供であることが分かっていきます。
何人かの男性の人生を遡りながら、徐々に真実が明らかになっていく…というストーリー。

生まれ変わるほどの愛、輪廻を超えて追いかける女性とそれを待ち続ける男性。
とても好きなシチュエーションなんだけど、同時に底知れぬ深い闇の気配も感じました。
すごく面白かった!感動した!と手放しには言えない“何か”があって、その奥深さが直木賞受賞という評価に繋がったのか……?
(何が引っかかったのかは、この後のネタバレ感想にて触れます🙄)

あれも読んだらこれも読もう

本書の生まれ変わり設定にツボを押された方には、恩田陸の「ライオンハート」がおすすめです。
ミステリー作家でありキャッチーな設定・世界観の多い恩田作品の中で恋愛を扱ったものは珍しいのですが、その珍しさに恥じない異色のラブストーリーになっています。

【あらすじ】
いつもあなたを見つける度に、ああ、あなたに会えて良かったと思うの。会った瞬間に、世界が金色に弾けるような喜びを覚えるのよ……。17世紀のロンドン、19世紀のシェルブール、20世紀のパナマ、フロリダ。時を越え、空間を越え、男と女は何度も出会う。結ばれることはない関係だけど、深く愛し合って――。神のおぼしめしなのか、気紛れなのか。切なくも心暖まる、異色のラブストーリー。

時を越え、空間を越え、男と女は何度も出会う。結ばれることはないけれど・・・!

ほらもう胸熱じゃないですか😍
 
大人の純愛が読みたい方は、「マチネの終わりに」でもいいかも。
(文章の淡々とした感じも、本書と似てる気がしました)

確かアメトークの読書芸人で又吉さんが勧めた本だったんですよね。
好みかと言われるとそうでもない作品というか……すっごい昼ドラなストーリーを綺麗な文章と音楽で仕上げてみました☆みたいな本でした笑

むちゃくちゃ力の入った公式特設サイトがあったので、気になってる方はどうぞ。
見ると絶対読みたくなること請け合いです。
参考:『マチネの終わりに』特設サイト

余談:東京駅の虎屋がおすすめ

ところで、この本の舞台にもなっている東京ステーションホテル2Fの虎屋。
内装も、そこで買えるものも、全てがロマンに溢れててとてもおすすめです!
 
あまり大きくはない店内ですが、壁のレンガは百年前から東京駅を支えてきたもの!
「夜の梅」、「あずきとカカオのフォンダン」、「ポワールキャラメル羊羹」がセットになったTOKYOプレート!
 
そして、「夜の梅」(そもそもこのネーミングが美しくてアガる)の、東京駅丸の内駅舎をモチーフにしたTORAYA TOKYO限定パッケージVER!
お値段も手頃で大きさも可愛らしい、お持たせやお土産にぴったりな逸品です。
参考:トラヤ トウキョウ 

思いっきりネタバレ感想(注意!)

わたくし、腑に落ちなかったことがあるんですよ。 

それは、

なんで瑠璃さんと三角青年はこんなに惹かれあってるの問題。

運命といえばそれまでだけど、三角青年は美しい人妻の魅力にクラっと来ちゃっただけのような気もするし、瑠璃さんサイドも夫の横暴や浮気に閉鎖的になっていたことは理解できるけど、言動が謎めいている割に深いわけでもなさそうで、何となくバイトをサボったりする前科?もあるし……

結婚生活に逃げ場を求めただけなんじゃないのかな?と思ってしまった。
 
そんな二人が、なんで生まれ変わるほどに愛し合ってるの?と疑問が残る。
読書メーターで皆さんの感想を見ながら考えたのは、もしも瑠璃さんが愛を求め貪るモンスターだったとしたら…ということ。

父は蒸発し母や祖母を無くし親類を頼って何とか働き口を見つけるも、無断欠勤をするなど問題行動のある瑠璃さん。

  むろんそうではないことは彼女自身がいちばん知っていた。これはあたしの病気なのだ。子供の頃からあたしの心には別の悪い人格が潜んでいて、してはいけない行動を唆すのだ。学校になんか行くな、人とおなじ行動をとるな、おばあちゃんみたいに退屈な大人になるな。そのせいで、青森で過ごした小学校時代にも、六年生のとき祖母が亡くなって埼玉の親類に引き取られ通わせてもらった中学・高校時代にも、あたしはまわりの大人たちから問題児扱いされてきたのだ。(P175〜176) 

いや、問題児扱いじゃなくてそれって問題児ですからー!

と言いたくなる。笑
瑠璃さん、普通にやばい人なのでは…?

女子高生や小学生が無残に死んでしまうのも怖い。
自分の子供が瑠璃になってしまったらと思うとそれも怖い。

そういう観点でもう一度物語を思い返して見ると、なにこれすごい怖い話やんけ、ってなる。
もしかしたら待ち合わせに来なかった三角さんは交通事故に遭ってるんじゃ…
なんて不穏な想像をしてしまった。(十分あり得ると思う)

一方で、頑なな態度にちょっとイラっとしてしまう小山内さんの方が、自分の価値観を曲げたら自分の人生や、妻と娘の死を曲げることになる、みたいな思い(込み)の強さも含め、真っ直ぐで頑固でつましく生きている人に思えて好感が持てた。

るりちゃんの問いかけから降って湧いたように現れた「梢がみずきなのでは?」という発想に地面がグラグラしちゃう感じも好ましい。
八戸に帰って行くこの真面目な人に、いいことがあればいいな、と願いました。

もう一つの奇跡の予感を感じさせつつそれで終わるのかな?と思いきや、エピローグは、るりちゃんと三角おじさまが再び出会うシーン。
小学生女児とおじさん…いや、それって絵的にどうなの?
と、ここでもまた違和感でした。

読書メーターを拝見すると、嫌悪感、という強い言葉を使っている方もいらっしゃって、ああわたしだけじゃないんだな、とちょっと安心しました。笑

純愛か、はたまたホラーか…いろんな側面、魅力のある本だな、と🤔

以下、自分用のメモです😇

初めの瑠璃:
正木瑠璃。喫煙具専門店で働いていたところを正木竜之介に見初められ結婚する。
不妊と夫の浮気に悩んでいたところで三角哲彦と出会い恋に落ちる。夫の浮気が再度発覚した夜、電車に轢かれ事故死。享年27歳。

2番目の瑠璃:
小山内瑠璃。幼い頃に高熱にうなされたのちに不思議な言動を取るようになり、父親と母親梢を困惑させる。
三角のバイト先であった高田馬場のレンタルビデオショップを訪ね家出をしたことも。
梢は三角の姉(三角典子)の友人でもあり、連絡先を入手した瑠璃と三角は電話で会話しており、母親同伴で会う約束をしていた。
高校卒業の日に梢と共に三角に会いにいく途中に交通事故に遭い死亡。享年18歳。

3番目の瑠璃:
瑠璃という名前を望んだが諸般の事情で小沼希美という名前で生を受ける。
正木竜之介の務める工務店の社長の娘。
希美が瑠璃だということを確信した正木に誘拐され(実際には一緒に三角のもとへ向かい)、警察に追われた際道路に飛び出し車に轢かれ死亡。享年8歳。

4番目の瑠璃:
緑坂るり。女優であり小山内瑠璃の高校時代の親友でもあった緑坂ゆいの娘。
東京駅のとらやで小山内と三角と四人で会う約束をしていた。現在7歳。

登場した短歌:
君にちかふ 阿蘇の煙の絶ゆるとも 万葉集の歌滅ぶとも
みづからは半人半馬 降るものは 珊瑚の雨と碧瑠璃の雨