ミステリー、ホラー、SF、ファンタジー…贅沢な短編の共演「図書室の海」

あの子は睡蓮にはなれないわ。あなたとは違う。あの子は沼には入れないの。冷たい泥の感触を感じることはできない。さっきあなたは妬んだでしょう、あの子の優しそうな無垢な表情を。あなたは今まで苦しんでいたでしょう、ベッドで何度も寝返りを打って。あたしはそんなあなたが好き。苦しみ傷つき自分を汚いと感じるあなたが好き。(P100〜「睡蓮」より)

 
恩田作品の多彩さ、いくつかの作品の「予告編」が収録されているファンサービス、
短編ながらも世界観や展開がまとまっていて読みやすい構成力の高さをたっぷり味わえる良作。
 


 
「イサオ・オサリヴァンを探して」なんてもう雰囲気最高ですよ神。
 
理瀬シリーズが大好きなので、「睡蓮」もとってもよかった。
最後の「ノスタルジア」だけ、煙に巻かれたような、
誰かに解説を求めたいような読後感でモヤっとしたなあ。
 
総じて感想は「恩田さんすごい…(ため息)」という一言に尽きるかなと。
 
全10作収録。
面白かったランキングは以下の通りです😇
 

  1. イサオ・オサリヴァンを探して … 戦争とSFモノ、ハリウッド映画的雰囲気。
  2. 睡蓮 … 理瀬シリーズスピンオフ。「黄昏の百合の骨」読んだら読みましょう。
  3. 春よ、こい … ユーミンの歌のやつね。死と出会いを繰り返す二人の少女。
  4. オデュッセイア … 抒情詩。人の勃興から衰退、再生まで。
  5. ある映画の記憶 … 叔母の死と在りし日に見た映画の影を追う。

 

ほーら、面白そう!

 
一作ずつの感想も書きました。
ネタバレありなのでご注意ください😷
 

春よ、こい

二人の少女が死を回避するタイムループもの。ややこしいのは、彼女たちの親も昔からの友達で、互いの子に互いの名前を付けているところ。(香織と和恵、香織ちゃんの親は和恵で、和恵ちゃんの親は香織という名前)そして親世代の記憶を持っているような節もあり訳が分からなくなる。
全編読んだ後に再読しても「・・??でもループから外れてよかったね」という感想にしかならない。笑
この短いページ数でよくまとまってるなあ、と感心する一作。
 
 

茶色の小壜

会社の優秀な後輩はかつて看護師で、謎めいていて…彼女の秘密に迫ろうとして返り討ちに合う短編ホラー。会社という狭い世界の中でぞくっとするホラーを仕立てる恩田さんすごい、ってなる。
会社の飲み会に向かう最中に事故にあった男性を後輩が看護師スキルを以って応急手当をするわけなんだけど、飲み会中のトイレで鏡ごしに見た後輩は指先に付いた血を見て笑ってるんですよ…こわい…
 
 

イサオ・オサリヴァンを探して

特に好きな作品の一つ。戦場の非常に優秀だった戦士、イサオの生前の姿を追う彼の娘の回顧録。イサオがとてもいいやつなんだ。最後の最後で、イサオが戦っていた相手は戦場の敵ではなく、もっともっと大きな存在だったというSFに移行するので「ええっ」となるんだけど、最後の恩田さん自身の解説文で“大長編SF『グリーンスリーブス』の予告編として書いたもの。”とあり、うわあグリーンスリーブスめっちゃ面白そう…!と期待感も含めて大満足な読後感。
でも、グリーンスリーブスはまだ書かれていない未完の大作なんだ…恩田先生よろしくお願いします…
 
……と思ったら、「夜の底は柔らかな幻」のインタビューでこんな記述が!

『夜の底は柔らかな幻』の構想は、元々は私の初期の短編「イサオ・オサリヴァンを捜して」まで遡る。これはベトナム戦争をテーマにした短編であったが、そもそもは世界各地のジャングルの奥に異質な生命体が埋もれており、それらが人類に接触して覚醒と進化を促し、文明の基を作らせたり、いわゆる超能力を持った新人類を誕生させたという設定であった。ベトナム編はこの「イサオ・オサリヴァンを捜して」を発展させた『グリーンスリーブス』を予定していたのだが、いわばその日本版として書いたのがこの『夜の底は柔らかな幻』だったのだ。

 
出典はこちら → 文藝春秋インタビュー記事
 
 

睡蓮

理瀬シリーズの一つ。洋館の中で祖母と二人の従兄弟と暮らしていた幼少期のお話。自分の父親をそれと知らぬまま出会い、兄と慕う亘との精神的な別離を描く。大人びた中にも少女らしさが残る理瀬の中に、暗闇が差し込んでいく兆し。その様子は痛ましく、とても美しい!
理瀬シリーズが気になった方は、

麦の海に沈む果実 → 三月は深き紅の淵を → 黒と茶の幻想 → 黄昏の百合の骨

の順に読んでみましょう。
タイトルからして魅惑的なんだよなあ…
本作、睡蓮も印象的な場面がたくさんありました。
 

が、私はどことなく今の家族がニセモノくさいことも嗅ぎとっていた。かりそめのもの、本物ではないもの。私はその中で自分の役割を演じることを覚えた。稔の前ではきれいで完璧な女の子を、亘の前では快活な少年のような妹を、祖母の前ではしっかりした手の掛からない孫娘を。女の子は作られる。男の子や大人の目が女の子を作る。(P93)

 

男の子や大人の目が女の子を作る!

心当たりがありすぎてハッとさせられました。
どこまでも冷静な理瀬の瞳に射抜かれたみたいに。
 
亘が夢中になっていた女の子が助手席に乗って理瀬の横を通り過ぎる場面があって、運転手の”精悍な若い男”を理瀬が知っている、と思う場面があるんだけど、それって誰なんだろう。いつかわかるのかなあ。
 
 

ある映画の記憶

青幻記という映画から、青年が幼少期の叔母の死の真相に辿り着くお話。これも短いのによくまとまっていてすごいいいってなる。
眼裏に海の青がたっぷりと広がっていく感覚。青幻記は実在する映画(と原作の小説)らしいので、いつか見てみたい。
https://eiga.com/movie/37401/
 
 

ピクニックの準備

ご存知「夜のピクニック」の前日譚。異母兄弟の二人+αが歩行祭前日にあれこれ思うお話。夜ピクの内容をもうすっかり忘れてしまったので感慨が…
この短編だけだと何が何だか分からず、まさに”予告編”な感じ。予告編っていい響きだよなあ。
本編への期待感を煽りながら、映画の予告編と違って、この短編でしか語られない要素もあって、とても贅沢。
 
※夜のピクニックは本屋大賞も受賞して映画化もした恩田作品の中でもポピュラーな一作です。
夜の中を、みんなで歩く。ただそれだけの学校行事の一夜を描いた名作です。


 

国境の南

とある事件があった喫茶店の跡地を訪れた男性のお話。とても印象良く描かれていたかつて喫茶店のウェイトレスの秘密。オチも秀逸。短編なのに綺麗にまとまっていて(以下略)
 
 

オデュッセイア

移動する街「ココロコ」の年代記。あまりの唐突さに「移動する街…?しかもそれは生命体で自我もある…?」と驚きと共にぐいっと惹きつけられる力強さも感じます。牧歌的でファンタジックながら人間の愚かさを描く場面もあり、滅亡と再生まで20ページくらいで描き切っていく。
ミステリーやホラーから、こんな味付けの作品まで!振れ幅の広さすごいいってなる。
 
 

図書室の海

初期の名作「6番目の小夜子」の番外編。これも「ピクニックの準備」と一緒でロクサヨの記憶がうっすらすぎて感慨が…読み返したくなりました。
 
※六番目の小夜子とは…恩田さんのデビュー作。青春と学校の怪談的ホラーと謎解きをぶち込んだ濃密で最高な名作です。ところで2000年にドラマ化してるのですが、キャストが豪華でびっくりした。(鈴木杏、栗山千明、山田孝之、山崎育三郎…!?)


 

ノスタルジア

収録作のうち最も幻想的(理解が難しい)だと思った作品。何人かで集まってそれぞれの”懐かしい記憶”を告白していく集会の様子から、幼馴染であり天敵でもある女と数年ぶりに旅先での再会を迎える女性の話に変わっていき、最後はまた集会に戻っていく構成なんだけど、集会が何なのかも、女性の再会の話のオチも、二つの場面がどうして繋がるのかも、

分からない!(爆発)

 
誰か心当たりのある人は教えて欲しいレベル。
解説できるよ!って方がいたら、ぜひお願いします。笑