高田大介さん4年ぶりの新刊は民俗ミステリ、「まほり」の真実を目撃せよ
図書館の魔女という超大作が突如発刊され、
その類稀なる面白さに噂が噂を呼び、
その後「烏の伝言」という外伝を発表し、
続編となる「霆ける(はたたける)塔」を執筆中だと発表した後、
沈黙を守っていた著者・高田大介さん。
※ちなみに、このサイトでも「図書館の魔女」激推ししてます。
最高の骨太ファンタジー、ロマン詰まりまくり。
https://sunset-rise.com/biblio
(出版社が作る特設サイトみたいなものをイメージして自作した。
ただしスマホは未対応なんだすまない)
読者が首を長くして続編を待ち望む中、
発表されたのがこちらの「まほり」。
そうです。図書館の魔女とは無関係の新作です。
またこのね…武骨なタイトルと表紙ね…
今時の、タイトルや表紙をできるだけキャッチーにすることにより
(あらすじをタイトルにしてしまうライトノベルとかね。
タイトルがもはや文章になっている作品も多い中でね)
何とか読者の手や目を止めさせようって潮流をガン無視したこの潔さ。
好きだなあ。
画像だと伝わらないんだけど、この表紙、よく見るとすごく凝っていて。
タイトルの文字は金色で(これ箔押しって言うのかな?)、
赤い丸が数多く描かれているだけでなく、小さーい無数の丸が、
大きさを変えながら僅かな凹凸を生み出しているのです。
この「丸」のモチーフが作品の大事な鍵になっているので、
読み終わって改めて表紙を見ると、「こわっ」となります(なった)。
10月4日発売だったと思いますが、
ツイッターでちらほら10月2日あたりからゲットした!
というツイートを見かけたので、会社帰りにすかさず購入。
いやぁ、新刊を発売と同時に買うって何年ぶりだろう。
もしかしたら、恩田陸の「黄昏の百合の骨」以来かもしれない…笑
Contents
ざっくりあらすじと感想
前作のファンタジーから打って変わって、本作は舞台を現代日本に移し、
少年のひと夏の大冒険と、出生の秘密を探る社会学者の卵(大学生)の
物語が交錯し、思いがけぬ深淵が口を開く民俗ミステリです。
読み終えた直後の印象を挙げるなら、
「読み手の知性が試された」
「高田さんの課した試験のようだったし、たぶん読み手として不合格だった」
「高田さんはある種の、とってもいい意味で、変態だ」
といったところでしょうか。
上の感想は全部わたしのものなので、
ツイッターでどんな感想が投げ込まれているのか、
いくつか見てみましょう。
「なんかすごいもの読んだ感」がすごいというか。
(知性の無さを露呈 ←ラップか)
超大作に出会った時、消化不良を起こして感想が書けなくなることが
多々あるのだけど(特に皆川博子作品)、本作もそれに近い。
けれど何とか、何がどう凄くて、他の人にも読んで欲しいと思うのか、
何とか言語化できるよう頑張ります。
(記事も中盤に差し掛かっての意気込み)
ご自身も言語学者だという高田大介さん。
前作「図書館の魔女」(以下「図書魔女」とします)では、
言葉を操り大国を動かす魔女とその従者たちの冒険に、
「政略」や「治水」、「敵国との交渉」などを絡めることによって、
著者ご本人の稀なる知性を煌めかせていた、ように思います。
けれど「図書魔女」はあくまでもファンタジー。
エンタメ的な要素も盛り込んでくれていることもあり、
「“此処ではない何処か”の話だから、全部を理解できなくても、
それはね、ファンタジーだから。分かんなくても面白いから」
という読み手の安心感、みたいなものがあったように思います。
ところが本作の舞台は現代日本。
扱われている領域は、
社会学や歴史、民俗史、宗教、言語学、地理、そして言語学…
と多岐に渡ります。
もうね、ファンタジーだからって逃げることを許さない、
著者と読者の真っ向勝負、って趣を感じたよね。
圧倒的な知識量に、まさに圧倒されっぱなしでした。
京極夏彦さんの「魍魎の匣」を読んだ時の印象に近いかも樂
わーーーーっと、こう、情報が押し寄せてくる感じというか。笑
文字を読んでいるはずなのに、文字の羅列という構造は、わたしが書いているこの文章と何ら変わらぬはずなのに、密度というか、濃度というか、読み手に与える圧迫感が全然違うのだよな。
専門用語や読めない漢字、聞きなれない言葉がバンバン飛び交い、「ググりながら読み進めた」という方が多数登場するのもよく分かります。
(わたしは無精なのでよく分からないところは気にせずひたすら読み進めた笑)
あっそこがそう繋がるのねすごい…とか、
ああっ少年が村人に襲われる…ッ!とか、
知的興奮とミステリのハラハラドキドキが波状攻撃のように押し寄せ、
読了した後は、何なら疲労感を覚えるほどだった。笑
上に挙げた学問は、どれもわたし自身に馴染みは薄いものだけど、川面の石を飛んで対岸に渡るみたいに、わずかな材料を積み上げて仮説を証明するアプローチ自体は、仮にも大学まで行かせてもらい、勉強させてもらった我が身には感覚的に理解できるものだったし、
情報を整理し、データベース化し、検索、閲覧できるよう整える作業も、なるほどそれは必要だよな、と理解し納得することが出来る。
そういう、調べている内容そのものはよく理解できないまでも、そこに至るアプローチや細部が、わたしにとっての面白ポイントだったな。
実際に、言語学者でもある著者は、あるいは世の学者や研究者と言われる人たちは、このようにして学問という大きな大きすぎる山に挑んでいるんだろうな…
と、畏敬の念を抱かずにはいられない。
わたし、絶対こんな作業できないもの。笑
それから、ミステリ的面白さもたっぷり味わえる。
山向こうの閉鎖的な集落…という舞台装置が読み手の仄暗い好奇心を誘う。同じ国に育ったはずなのに、信じているものが決定的に異なるという強い違和感がこわい。
分かり合えない恐ろしさ、断絶の深さは、もはや本能的な恐怖と言ってもいいかもしれない。
小野不由美の「屍鬼」や、石井光太の「光の森」にも通じる空気だったと思う。(ので、学術要素はないけど、閉鎖的な村…という題材が読みたい人は、こちらの二作品がおすすめです)
「不穏」や「恐怖」は、分からないからこそのもの。
理解できないからこそ恐ろしい。知らないから怖い。
そこに、学術の力を以って謎を手繰り寄せ、一筋の明かりを照らす。
たとえそこに照らされたものが、さらに恐ろしかったとしても…。
そんな作品でした。
未読ならそっ閉じ!ネタバレ感想
読み終わった直後にババっと書いたものなので、いつにも増してまとまりが無いですが、ご容赦ください😢
凄絶な美が失われた…という下り、それは特殊な環境を脱却したことで神性を失い、只人になったということか。
「美」というある種の「力」を失い、普通の少女として生きていくこと。
それが正解なのに、その「力」を失う、という点が、読者に「勿体なさ」を抱かせる。
(殆ど無意識的なものだと思う。だって儀式を肯定するつもりはさらさら無いのだから)
そしてその無意識の、無責任な、美や特殊性への名残惜しさが、物語の余韻になっていくのかな、と思った。
最後、裕のお守りの中身を香織が確認することで、最後のピースがはめられた時、「ああ、やはり…」とわたしは思った。
ちりばめられたピースが頭の中に転がっていて、あえて組み立てようとしてこなかったピースたちが、ひとりでに動き出し、全体像を描いていったような。
(とにかく物語を追うのにエネルギーを使っていて、主人公の出生を追ういう当初の目的を、途中から意識の外側に置いていたからね。もしかして、それも著者の狙いなのかな?話を複雑にすることで、手段を目的とさせるような…)
でも、その謎が明かされたときに「やはり」と思った。
それは、ピースを集めなかっただけで、うっすらとその全体像は透けてみえていたから。
その幻が、はっきりと像を結んで目の前に現れたから…
予想もしていなかったという衝撃ではなく、後から衝撃がじわじわと押し寄せてくる感じ。
(ああだから宮司の態度は…とか、閉じ込められた淳くんが雷鳴に出口を見出すとき、それまで抑圧されていた文体が一気に盛り上がったのも、もしかしていつか同じ目にあった母親の心象もトレースされていたのかな、とか…)
あえてその、せりあがりを著者は結末に据えたのだよな。
それがまた、物語に深い余韻を与えているように思う。
優れた作品は、読み終わってもなお読者にその世界観を植え付ける。
不断の努力の上に積まれた学術への敬意、閉鎖された集落への恐怖、失われた美への無責任な哀愁、本を閉じた後に訪れる衝撃…
それらの感覚は、しばらくわたしの中から抜けてはいかないだろう。
その影響力こそが、本作の特出した点ではないかな。