練り練り設定×ゆるテイスト=良き(「パルパネルは再び世界を救えるのか」)

 西の王を知っているか。
 そうだ。
 西から東へと破竹の勢いで勢力を広げ、今や大陸の半分以上を支配している、あの西の王だ。
 どうして西の王が、王の中の王とみなされているのか。
 西の王にひれ伏し従うのは、五億を超える民だけではないからだ。
 大海の竜王。
 空山の覇王。
 闘界の王。
 境界の王。
 西方の名にし負う四王が、西の王の前にひざま付いて忠誠を誓った。

ヘビー系ライトノベルの旗手(と勝手にわたしが思っている。ラノベ自体を読まなくなって久しいので、他に知らないだけなのだけども)十文字青さんの新刊、新シリーズです。

表紙の女の子が何とも可愛らしいですが、彼女は主人公ではありません。
主人公は、引用の書き出しで語られた恐ろしい”西の王”……魔王とも呼ばれる強大な存在を打ち倒した勇者・パルパネルです。

なるべくネタバレなく作品を読んでほしい民として必要最小限の情報だけお伝えするのですが、本作は「ファンタジーは好きだけど、もう肩肘張った読書はできないよぅ/そんな気分じゃないよぅ」的な、ちょっと読書に疲れちゃった方におすすめです。

冒頭の引用で何となく伝わる通り、地の文章は(おそらく意図的に)古めかしく、硬質です。
そして中世ファンタジーのような横文字設定が次々と溢れ出してきます。(国の成り立ち、宗教の系譜、地理……)

レーエンデ物語かな?と思いました。
※三作目まで読んで止まっているわ、読まなきゃ。

それでいて本作、会話文がですね……すごくゆるい。

主人公の勇者・パルパネルは、比べることもできないほどの強さを持ちながら、富や名声を思うまま得られるほどの武功を立てながら、性格がすごく控えめで、気力や覇気が極めて薄い。
ラノベ風に言えば、”チート能力を持つ無気力勇者”でしょうか。

(もうラノベのノリについて行けない30代ですが、本作は心地よく読めるのも、とても有り難かった)

そんな勇者と、天使と、蛙。
そんな不思議な組み合わせの三人が、魔王がいなくなった後の世界でアレコレするお話です。

1冊のライトノベルのために考えられたとは思えないほどの膨大な設定(後述する、discordにてその一部に触れられます)を織り込みながら、ゆるい会話文と張り切らない主人公のおかげで、読み心地が疲れない。

楽しくファンタジーの世界に潜り込むことができる。
ぬるいわけでもなく、秘めた熱があって、でもサラッとしてる。
読めば自然と登場人物たちのことが好きになる。
続きが出たらまた読みたいな、またこの世界に触れたいな。
ごく自然にそう思う。
(わたしが十文字青さんのファンだということを差し引いたとしても)

そんな小説です。

新しいプロモ方法とファンからの鋭いご質問

ラノベ界隈が多産多死であることは何となく皆さんお分かりと思いますが、本作も生き残りを賭けて(?)新しいプロモ方法というか、新たな試みに挑戦しています。

公式Discord(ディスコード)?の設置です。
Discord、存在自体は知っていたのですが(ゲーマーがよく使うと噂の)、今回の施策を機に初めて触ってみました。

クローズドなファンコミュニティという感じで、著者もレスポンスをくださるので、十文字青ファンには嬉しい施策です。

発売前からポロポロと投稿がされていたのですが、特に「めっちゃ分かる……!」と感激した投稿があったのでシェアさせていただきます。
※問題があるようならそっと削除しますので、どなたかお声がけください…!

失礼になってしまったら申し訳ないんですが、現状パルパネルを読もうか迷っています。
 なぜかと言えばパルパネルも緩やかに絶望に向かっていく話になってしまうのではないかと考えてしまうからです。
 十文字先生が書くものなら面白いだろうなあという期待と、「長い旅の末、勇者は魔王をぶち殺しました」という導入にも唆られているのですが、グリムガルの展開を考えると安易に手に取って良いものか迷ってしまうのです。
 もちろんグリムガルは途轍もなく面白い作品で次の巻も今かと待ち望んでいるのですが、いつか希望は訪れるはずだと願いながら、一巻一巻を読む時の精神的な消費カロリーが高いと感じています。
 ここでさらにパルパネルも同様に一巻一巻で緩やかに絶望に向かっていくのなら、心が痩せ細ってしまうのではないかと考えてしまいます。
 質問が長くなってしまい申し訳ありません。端的に言うと「パルパネルの旅の先に希望はありますか?読んでも大丈夫ですか?」

分かりすぎる。
グリムガルも大好きなシリーズですが、辛い展開が多いとわたしも思います。
そうすると、どうしても読み手を選ぶというか……気軽に「面白いよ!」と勧めにくくもあるので、パルパネルはどうなのだろう?と思うのは必然だと思います。
そしてそれを真摯に問いかけてくださった質問者さん、素晴らしい。本当にありがとうございます。

それに対する、作者さんからの回答はこちらでした。

先のことはわからないのですが(というか「先」があるかどうかがわからない)、パルパネルはグリムガルのようなお話ではまったくないです。世界観などはむしろパルパネルのほうが作りこんでいるのですが、ストレスなく楽しく読んでいただけるはずです。大丈夫です!
グリムガルのようなものを書くのはなかなかキツイので(今もじつは書いていて、すごくつらい……)、ああいうのを複数並行して書く気にはなれませんね
いや、書きたくて書いてるんですけどね。
パルパネルの原稿はひたすら楽しく書きましたし、読み返してもやっぱり楽しかったです。

よかった……!
発売前の投稿だったので、わたしも回答を得てとても安心しました。

そして、読んでみて実際そうでした。楽しく読めます。
もっとハードでヘビーな物語を…!という方には、「灰と幻想のグリムガル」そしてわたしが最も愛する「薔薇のマリア」をぜひお試しくださいな。
※「グリムガル」は続刊中、「薔薇のマリア」は完結済です!

ディスコードの「設定資料」で明かされる設定の断片を見ると、「どれだけ設定が練り込まれているのか…?」と恐ろしさすら感じます。
物語の直接的なネタバレは無いので、未読の方も「どんな感じかな?」と様子を知るのに眺めてみると良いかもしれません。読んだ後に「設定資料」を読むと、物語との繋がりを理解することができて、楽しいです。

ファンタジー好きな方、上質でかつ読みやすい文章が良い方、ぜひお試しを!