美しさと恐ろしさの共存=病みつき「オーブランの少女」

 オーブランほど美しい庭は見たことがない。
 湿り気を含んだ薫りの良い黒土に、青々繁々と奔放に育つ植物たちを目の前にすると、大地は生命の母などという陳腐な文句でさえ心からまことだと感じられる。命尽きた花は大地に落ち、分解され、新たな息吹の素になる。そんなサイクルを数十年、ひょっとしたら数百年も繰り返したこの場所はただひたすら、土と花と草だった。

P11

恩田陸の最新刊「夜明けの花園」が面白くて感想をX(Twitter)に投稿したところ、「それならこれも面白いかもしれませんよ!」と、ありがたくもオススメいただいたのが本作「オーブランの少女」でした。

これがですね、大ヒットでして。
ご紹介本当に有難うございました!

深緑野分さんといえば、「ベルリンは晴れているか」が有名ですよね〜。

以前から気になっていた作家さんでしたがなかなかタイミングが合わなかったので、今回ご紹介いただけて読むことができたのも何かのご縁だなと。

いやこのお方、すごいです。

何がすごいって、この本がデビュー作とのことですが、題材やテーマの多彩さもそうですが、文章の密度というか……
ページパフォーマンス(ペジパ:初めて言った)が高い。

本作、本編296ページと決して分厚い作品ではないのですよね。表題作の「オーブランの少女」も60ページほどの作品です。まさに短編。

にもかかわらず、物語に瞬時に・かつ深く没入できるというか、読み終えてから「いや〜面白いなこれ……エ!まだこれだけしか進んでないの?
と驚くといいますか。
こっちはもう一冊読み終えた気でいたんですけど?みたいな。

これは恐らく、読み手に直ぐさま設定や状況を理解させる分かりやすさ、そして物語自体の面白さ(そそる設定がお上手なのだと思う)のなせる技だなと思いました。

これは他の作品も直ぐ読むしかないな!

収録されている5作、どれも良かったですが、
個人的な好みで言えば
オーブランの少女>氷の皇国>仮面>片想い>>大雨とトマト
の順でした!

以下、5作のネタバレ感想が続きます。
未読の方はご注意くださいね!

ネタバレ!5作品の簡単あらすじ&感想

オーブランの少女

いい……ッ!
教えていただいた通り、「麦の海に沈む果実」みがある。
共通するのは「恐ろしいけど行ってみたい」と思える舞台の美しさだと思う。

比類なく美しいと言われるオーブランの庭。
そこを管理するのは姉妹だという年老いた二人の管理人。
美しい容姿を持ち車椅子を操る姉と、しゃべれない凡庸な容姿の妹。
ある日「奥の庭」と呼ばれる閉ざされた庭の中で、幽鬼とも悪鬼とも呼ぶべき老婆に姉が殺され、妹は自殺する。

事件から少し経った後、語り手の娘が自殺した妹の日記帳を持っていることを知る。
日記を読んだ語り手はおぞましい真実を知り、それを物語として編み直すことにした…
という導入。

そこから物語は一気に過去に飛びます。

病気療養という名目で両親と離れ離れになり、オーブランの館にやってきた少女の不思議な学園生活が綴られていく。

この学園シーンがまた秀逸でした。洋画を見ているみたいで。
集められた少女たちはそれぞれ病気を持ちながらも個性豊かで平和に暮らしている。
けれど、なぜか少女たちは館に来た途端に名前を取り上げられ、花の名前で呼ばれ、いくつかの種類に分けられた色のちがうリボンが結ばれている。

この館で育てられた少女は人身売買されるのでは…?と疑いを深める主人公。

徐々に緊張感が高まっていく中、ある日食堂で生徒が毒殺される事件が起こり、そこから物語は坂を転がり落ちるように崩壊に向かっていく。

このスピード感、そして明かされるオーブランの館の正体、そして冒頭の事件に至る秘密。
しっかりとミステリーであり、ゾワゾワ感と、美しさも堪能できる。

傑作です。62p(えっ、この内容で62p!?密度すご)

仮面

こちらもね〜良かったです。佳作。

舞台は近代ヨーロッパ的な、この世のどこか。
ダメ医者のアトキンソン先生は、キャバレーを経営する未亡人ベティ・バルエル夫人を毒殺する。

毒殺は彼女のメイドであるアミラと共謀したものだったが、アトキンソン先生の狙いは、アミラの美しい義妹リリューシカ。
幼いリリューシカにZOKKONのアトキンソン先生(ロリコンだ!いけないぞ!)は、ベティ夫人が、傾いたキャバレー経営を立て直すためにリリューシカを売ろうとしていると、謎めいた占い師ルクレツィアに吹聴されたのでした。

これでリリューシカは安心だ…と思った矢先、あっけなく逮捕されるアトキントン先生。

証拠はないのに、なぜ?

実は、ルクレツィアという占い師はそもそも存在しておらず、ベティの夫と不倫をしていた子爵家の娘・ポーリーンが、夫の死後に不倫を告発したベティの口封じのために、アミラと共謀してアトキンソン先生に殺害の罪を被せたのでした。

サクッと事件が起こり、困惑があり、解決する。
全体としてまとまっている中で、実はアミラがキーパーソンであり、もともとは美しい顔立ちだったはずなのに、自分の手で顔を潰したのでは?
ということも仄めかされ、グッと闇が深まるところも印象的。

アミラのこと、もっと教えて……?

52pです。

大雨とトマト

打って変わって現代日本を舞台にした小話、という雰囲気の本作。

こんなものも書けるのですね、という奥深さはありつつも、他の作品に比べると無難な印象だったかな。

特徴が無いことを自覚している中華料理店の店主。大雨の日のガラガラの店内にはいつもの常連客だけ。

そこに、急にお店には似つかわしくない少女がやってくる。
どうやら訳ありげな少女に、必要最低限のやりとりをしながら、徐々に妄想を逞しくしていく店主は……というあらすじ。

最後のオチには「なるほど」とニヤッとさせられますよね。
ませてるな、野球少年!23pでした。

片想い

こちらはまた雰囲気が変わり、舞台は日本の女学校。

体が大きなことが特徴の岩本薫子(岩様)さんと、同室で女学院の中で人気者の水野環さん。

少女同士の友情と、女学院特有の疑似恋愛と。
環さんの秘密とが交錯し合うストーリー展開はお見事!という感じです。

登場人物に嫌味が無いのも、深緑さんの素敵なところかもしれない。
スッと入ってくる、読みやすくて奥行きもある文章と全体的に爽やかな登場人物とが、とても相性が良いなと感じます。

こちらは40pの作品でした。

氷の皇国

ページ数は103pと、収録作品の中で一番長いですね。

寒い寒い国のお話、漁師たちが暮らす小さな村に、ある日首のない死体が流れ着く。
身元不明の遺体について、吟遊詩人は今な廃墟となったお城、冬に閉ざされた国ユヌースクの昔話を始めて……という導入。

そこから先は”語り”の中に入り、舞台は栄華を誇ったユヌースクへ。
皇女ケーキリアと、弟のウルリク。無慈悲な皇帝たちは国民から嫌われている。

皇帝らが乗った橇に轢かれて妻を亡くした元近衛兵のヘイザルに執着する素振りを見せるケーキリア。ヘイザルは娘のエルダとともにユヌースクを離れようとするが、その矢先に皇子ウルリクが毒殺され、その容疑がエルダにかかってしまう。

ヘイザルもまた捕らえられ、処刑の場でケーキリアから告げられる。
首謀者はヘイザルであり、実行犯がどちらなのか、自分の娘かその友人か、どちらかを告発せよと。
選ばれたものは処刑、選ばれなかったものは追放となり、ヘイザル自身は死ぬまで牢獄に閉じ込めると。

究極の判断を迫られた時、皇后が処刑場に現れ、様々な証拠から真の殺人犯がケーキリアであることを指摘する。
……と同時に、ケーキリアはヘイザルを庇っているのだと誘導し、ケーキリアは絶望しながらその通りであることを認めることに。
ヘイザルは娘と友人が斬首とならないことに歓喜し涙を流しながら、自分が首謀者であると(嘘の)自白をして、斬首に。何てこった。

実はヘイザルと娘エルダとその友人が囚われている裏側で、娘の友人の父親(ヘイザルの親友でもある)が皇后の元を訪れ救いを求めたところ、パワーバランスの問題でヘイザルを含めた三人ともを助けることは難しいがやってみよう……となっていたことが明らかに。

ということで、ヘイザルを手元に置いておきたかったケーキリアは却ってヘイザルを永遠に失い、村に流れ着いた遺体はヘイザルであることが分かる。
そして村には帝国から逃げ出したエルダが住んでおり、エルダは数十年ののち、父親の遺体に再会した……。

恐ろしい話であるとともに、ケーキリアがそこまでヘイザルを欲した理由や彼女の心情は一切触れられなかったので、ぜひともその辺りを読んでみたかったのですが……という余韻も味わえます。

表題作「オーブランの少女」と同様に、怖くて美しい、美しさが恐ろしい、そんな魅力あふれる作品でした。
シンプルに好み〜〜!こういう作品がもっと読みたい!

大満足の一冊でした。

最後までお読みいただき有難うございました!