気を抜くと迷い込む「名もなき王国」は文学の森

あなたは誰なのですか。どうして、この文章を読んでいるのですか。あなたは孤独ですか。どうしても眠れない明け方に、過ぎてしまったことを思って起き上がり、火傷のような寂しさに苦しめられることはありますか。

P302より

倉数茂さん、初めましての作家さんです。

ほとんど触らなくなってしまったインスタグラムでこの表紙が目に留まり、気になっていた作品でした。

つい最近文庫版が出たようですね。なのですが、表紙はハードカバー版の方が好みです。格調高いというか、意味深というか…

文庫のイラストも素敵ではありますが、おそらくインスタでこちらの表紙が流れてきたとしても、目には留まっていなかったのではないかと思います。

ということで、ほとんど先入観も予備知識もなく読ませていただきましたが、質・量ともに読み応えのある作品でした。三月シリーズ辺りの恩田陸がお好きな方は嬉しいかもしれません。(後ほど解説します〜!)

ざっくりあらすじと内容

叔母は、自分の支配地のことを「王国」と呼んでいました。より長い呼び方は「小さな秘密のものたちの王国」です。「失われた小さなものたちの王国」だったこともあるし、「いつのまにかなくしたものたちの庭」だったこともあります。

P8より

ここまでで引用した二つの文章と、表紙の雰囲気で、既に本作気になってる…という方、あるいは恩田陸マニアであれば、とりあえず読んでおいて損はないと思うので、よし読もう!と思った方はこれ以上この記事は読まなくて大丈夫です笑

(やっぱり予備知識なく読んだ方が面白いと思うので…)

これ以降は、「そんなこと言わずにもうちょっと教えてよ!」という方向け、「もう読んだから感想が知りたいよ!」という方向け、そして何よりわたしが忘れちゃわないために続きます。

本作の主な登場人物は三人です。

売れない小説家である著者の「私」。まずこの「私」が鬱屈した中年なのが世知辛くていい感じです。売れたい、売れない、書けない、書きたい……”小説を書くこと”は本作のメインテーマではないのですが、折々にその苦悩が挟まれ、こちらの心もギュッッとなります。リアリティがすごいのです。
これは本作の語り手としての「私」ではなく、本当の「私」=著者である倉数さん、ご本人の気持ちが込められているに違いない。

余談ですが(えっもう余談)、amazonレビューにもその苦しみに言及されているものがあって味わい深かったです。

そして二人目の登場人物は、「私」がしょうもない飲み会で奇跡的に出会えた作家志望の青年・澤田瞬。酔っ払うと面倒くさい議論をふっかけてくる癖があります。わたしだったら耐えられないけれど、「私」と瞬は妙にウマが合い、意気投合していきます。

三人目の登場人物は、瞬の伯母であり、「私」が敬愛する幻想小説家・沢渡晶。ちなみに沢渡晶はとってもマイナーな作家で、短編集を二作出した後はほとんど作品が世にでることはなく、既に他界しているとのこと。瞬が沢渡晶の甥ということ、そして彼が沢渡晶の遺稿を持っていたことから、「私」と瞬は急速に仲良くなっていくのでした。

そんな「私」と瞬の出会いから始まり、時には瞬や沢渡晶が書いた小説が挟まり(いわゆる作中作ですね)、物語は行ったり来たりしながら重層的に織り上げられていきます。時に危うく、そして美しく。

古いお屋敷に住まう謎の老女の影、若くして心臓発作で死んだ双子の兄、妖しい海硝子、デリヘル嬢が読み耽るケータイ小説。何が物語で、どこからが現実なのか…?

前半の(第1章”王国”あたりの)書きっぷりがいかにも文学的で美しく、ワクワクしながら読みました。また作中作がいくつも挟まれるので、その凝った構成が恩田陸の「三月は深き紅の淵を」を思わせ、これもまた好みでした。
ただ終盤にかけて、(物語上やむを得ないのですが)ちょっと混乱する展開となっており、読むのがちょっとしんどかったですね……。

(3回目ワクチンの副反応中に読んだから、単に集中できなかっただけかも😂)

ちょっと癖の強い作品とは思いますが、文学の匂いのする作品が読みたい方、腰を据えて読む時間あるよ!という方は、ぜひお試しくださいね。

簡単解説:登場人物と章立て

登場人物がちょいややこしい+物語の入れ子構造具合が読んでいて混乱するので、理解の手助けになればと簡単に図示してみました。読んだ方の復習になればと思い作っているので、未読の方にとってはちょっとネタバレが含まれます。ご注意くださいね。(そして後半、最悪のネタバレ感想へと続きます)

まず登場人物から。出てくる人数は決して多くないのですが、「あれっ誰と誰が夫婦なんだっけ???」となりませんでしたか?わたしはなりました(ドヤ)

クリックで大きくなります〜

確か瞬の父親って「燃える森」の中で名前がちらっと出てきたよな〜と思って読み返してみたら、「燃える森」の中では仮名が使われていたことに初めて気がつきました。
ということで瞬の父は名前が分からないままなのですが、わたしが見つけられていないだけな気もするのでもし追記すべきことがあればコソッと教えていただけたらと思います😌

続いて本の構成です。こちらも読みながら、何度も「序」を読み返して確認しながら読んでいたので、一覧にしてみたのでした。欲しいものは自分で作る自給自足スタイルです。

さあ、これで物語を読み進める準備は整いましたね。深い森に分け入るように、秘密の洋館を彷徨うように、物語を楽しみましょう。

この記事ではこの後、最悪のネタバレが続きます。本作を全て読み切った人だけが見て良いものです。十分お気をつけください……。

ネタバレ感想:実はアレでしたね

はい、ここを読まれているということは、全編お読みになられたということですね。お疲れ様でした。

いや〜〜〜、最終章の「幻の庭」、読むの結構苦痛じゃなかったですか?!?!

語り手である「私」が構想していた”探偵モノ”が作中作として語られ始める…という構成は理解できたものの、その”探偵モノ”の筋書きが訳分からなさすぎて、読み進めるのがストレスでした。

途中までの雰囲気…特に掌編集の幻想文学っぷりに心地よい、酩酊に似た感覚を覚えていただけに、ギャップがすごかったというか。(ちなみに他のレビューを拝見しても、掌編集の雰囲気が良かったというご意見は結構多かったと思います。幻想文学、もっと読んでみようかなぁ)

そんなストレスに耐えながら、「これちゃんと終わるのか…?」とハラハラしながら読んだ終盤、本書のあらすじでも書かれていた通り、最後の数ページで大胆に転換し、これまでの大仕掛けが露わになりましたね。そうか、全てお前だったのか、と。

売れない小説家の私が若手作家の集まりで出会った、聡明な青年・澤田瞬。彼の伯母が、敬愛する幻想小説家・沢渡晶だと知った私は、瞬の数奇な人生と、伯母が隠遁していた古い屋敷を巡る不可思議な物語に魅了されていく。なぜ、この物語は語られるのか。謎が明かされるラスト8ページで、世界は一変する。深い感動が胸を打つ、至高の“愛”の物語。

アマゾンより

わたしはこのあらすじ紹介や帯でよく使われる「ラスト●ページ構文」がどうにも好きではないので、このブログでのあらすじ紹介の時には、なんとか使わないように気をつけていました。

「ラスト●ページで何かが起こる!」ってそれ自体がネタバレじゃん、と思ってしまうのです。なるべく真っさらな状態で読み始めた方が面白いに決まっている。もしかしたら今回の場合は、ラスト●ページで何かが起こることを知っていた方が、謎探偵パートを踏破しやすかったかもしれないけれども……

ということで、最後の最後に、「私=澤田晶」であったことが明かされ、「澤田瞬」は幼くして亡くした自分の息子だったことが明らかになったのでした。

つまり、わたしが先ほどご紹介した図で説明すると、

こうなって、

こうなるわけですね。シンプル!

最愛の息子を失った悲しみのあまり、とんでもない砂上の楼閣を描き出してしまった「私=澤田晶」。やばい奴じゃん…と思いながら冒頭の「序」を読み返してみると、『この本を読んで私の頭がおかしいと思うのも無理はない』みたいなことが書いてあって、なーんだしっかり予告されてたのネ!という気持ちになりました。全て著者である倉数茂さんの手の平の上だったのです。

著者・倉数さんといえば、読み終えてからプロフィールを見て、少しゾッ……としました。

倉数/茂
1969年生まれ。大学院修了後、中国大陸の大学で日本語を学ぶ学生を対象に5年間日本文学を教える。帰国後の2011年、訪れた田舎町で殺人事件に出会う少年たちを描いたジュブナイル『黒揚羽の夏』(ポプラ社)でデビュー

アマゾンより

中国大陸の大学で日本文学を教えていた…?それは「私=澤田晶」の話では…?

えっ、もしかして「私=澤田晶」には著者ご自身が投影されている…?それってどこまで…??(ゾッ)

最後までお読みいただき、ありがとうございました!
文学の香り高い素敵な文章を書く倉数さんが、”訪れた田舎町で殺人事件に出会う少年たちを描いたジュブナイル”をどのように書かれたのか気になります。「黒揚羽の夏」読んでみようかなぁ。