日本版ブラック・スワン「カインは言わなかった」の凄み

チープなタイトルですみません。
全く別物ではあるのだけど、バレエを舞台にした、
芸術に狂わされていく人々を描く…という共通項でね、
ついついこんなタイトルにしてしまいました。

本作との出会いは昼休みのツイッター。
食後から昼休みが終わるまでの短い時間、
ツイッターを見るのが日課なのですが、
(本当は「なんとなく」ツイッター見るのをやめたいのだけど、
 やめられない)
そこで住野よるさんのこんなツイートが流れてきた。

気になるじゃ無いか…こんなツイートされたら…

正直に言うと住野よるさんの本は読んだことない
(君の膵臓をたべたい、の映画は観たよ)のだけど、
世に人気の作家さんが渾身の推薦をするってことは、
この作品には何かあるだろう…と思ってしまうよね。

ちょうど高田大介さんの「まほり」が欲しくて
丸善丸の内本店を訪れたところ、なんと本作のサイン本があった…!

これはもう、何かのご縁だろう、と言うことで購入しました。
台風19号が押し寄せ家に居たので、一気読みでした。

戸惑いと安堵とが入り乱れる読後感。
心が落ち着かないのでブログをしたためることにしました(気圧かな🤔)

ざっくりあらすじと感想

芸術にすべてを懸けた男たちの、罪と罰。
エンタメ界のフロントランナーが渾身の力で書き上げた、
慟哭のノンストップ・ミステリー!

「世界のホンダ」と崇められるカリスマ芸術監督率いるダンスカンパニー。
その新作公演三日前に、主役が消えた。
壮絶なしごきにも喰らいつき、すべてを舞台に捧げてきた男にいったい何があったのか。
“神”に選ばれ、己の限界を突破したいと願う表現者たちのとめどなき渇望。
その陰で踏みにじられてきた人間の声なき声……。様々な思いが錯綜し、激情はついに刃となって振るわれる。

文藝春秋HPより

誉田というイかれたバレエおじさんの新作「カインとアベル」の
主役に抜擢された藤谷誠の恋人・嶋貫あゆ子、
画家の恋人・豪に振り回される不動産営業・皆元有美、
とある事情で誉田を激しく憎む妻を危ぶむ松浦久文、
凡そ3つのパートに分かれバレエ公演までの3日間を描く。

このね、誉田がとにかくやばいやつでね。
芸術のために、自分に師事する若者を徹底的に追い詰め、
練習シーンでは読んでいるこっちの胃が痛くなるような描写も。

「本当に生き生きと、楽しそうに踊っていた」
 だが、そう繰り返されると、再び戸惑いが湧いた。
 --これは、どういう意味なのだろう。
 尾上は、喉仏を上下させる。褒めてくれているのだろうか。自分が変に考えすぎていただけで、単純に楽しいと答えればよかったのか。
 尾上は頰を引きつらせながら頬骨を持ち上げた。笑顔に似た表情を作ったことで気持ちがほんの少しだけ和らぐ。
「あ、ありがとうございます」
 誉田はそれに答えず、床に転がったペットボトルへ歩み寄っていった。ゆっくりと優雅な動きで拾い上げ、尾上を振り返る。
「体操はわかったから、そろそろバレエをやってくれないか」
 一気に血の気が引いた。
 一瞬後、たった今礼を口にした自分の愚かさに気づいてカッと頬が熱くなる。
「おまえの踊りは、どこを切り取っても全部一緒だな。まるで金太郎飴だ。知っているか?金太郎飴。切っても切っても同じ顔、顔、顔」

P83より

もおお、怖いよおおお。
でもこれがまた、
「きっとバレエ界にはこんな指導者が本当にいるんだろうな…」と
納得できてしまうから、リアリティを伴って益々胃が痛くなるわけです。

読みながら「からくりサーカス」に出てくる老婆が浮かんできた。

ルシール・ベルヌイユさん

あるいは初登場時めっちゃびびったこの男の人。

ジョージ・ラローシュさん

血の通わない、感情の底が知れない、得体の知れない恐ろしさ…と言うか。
(この二人は、実は優しい人たちなんだけどね)
この誉田という人物の秀逸さで、本作の魅力はグッと高まっていると思う。

芸術という怪物に飲み込まれていくダンサーたち、
独自の感性を持つ画家に振り回される哀れな恋人、
深い喪失から精神を蝕まれていく妻…

それぞれパートで、全員の緊張が高まり、
さながら張り詰めた弦、極限まで引き伸ばされた糸のよう。
もう無理!もう切れちゃう!
そんなギリギリの状況下で開幕する「カインとアベル」初演。

初演に向かう緊張感にどうにも惹きつけられ、そこで起こったこと、
あるいはそこで起こらなかったことを知りたくて、一気読みでした。
人の弱さや脆さを削り出そうという、著者の執念みたいなものが
ひしひしと伝わってきて、凄みがほとばしっていた。
(著者は偏屈で怖い人に違いない…誉田みたいに…と
 少しびびったけど、サインの横に可愛らしいお化け?が書いてあって、
 ああ作品世界と著者はきちんと切り離されているのだな、
 と少し安心した。笑)

お化けかなあ笑

人生は変わりそうにありませんが、突きつけられるものはあった。

お前は何を捧げる?お前には何ができる?という誉田の眼差しとして。
(実際には、一顧だにされないのだろうけど) 

予備知識:カインとアベルってなんだっけ

「聞いたことあるけど、なんだっけ…」と思ったので、
読みながらウィキペディアで調べてみた。

カインとアベルは、アダムとイヴがエデンの園を追われた後に生まれた兄弟。
ある日2人は各々の収穫物をヤハウェ(神様)に捧げる。カインは収穫物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げたが、ヤハウェはアベルの供物に目を留めカインの供物は無視した。これを恨んだカインはその後、野原にアベルを誘い殺害する。

ウィキペディアより(一部書き換えあり)

「人類初の殺人」「カインコンプレックス(親の愛情差による憎悪)」
なんてキャッチーなフレーズが付属物として付いてくるので、
度々ゲームや小説などのモチーフにも使われていて、
それで見覚えがあったのだな、と納得した。

バレエと言えば推したい作品がある

ちょうど少し前から、バレエを題材にした青年漫画にハマってまして。
観劇してみたいなあ…と思っていたところで本作を読んで、
益々観劇モチベが高まりました。
公演シーンが、きっともっと面白く読めると思うの。

その青年漫画、本作とは切り口は違えど、
バレエという芸術に全身全霊を懸け、
華やかな舞台の裏側で繰り広げられる人間ドラマや、
圧巻の舞台シーンが最高に面白いのでおすすめです😂

男子バレエのお話だよ

あっ、この漫画に偏屈な振付爺さん・岩井先生が出てくるんだけど、
誉田の脳内イメージはここから来てるのかも。

実際にはね、37歳の時に自分のカンパニーを立ち上げたとのことだから、
こんなにお爺さんではないと思うのだけど。

未読ならそっ閉じ!ネタバレ感想

本を閉じてから、「カインは言わなかった」、
口にした時、耳にした時の絶妙な“引っかかり”がいいよね。

仮に「カインの秘密」とか、あるいは逆転させて
「カインは言った」だとしたら、あまりに凡庸だもの。

言わなかった…何を?と。

読み終わってから改めて考えると、
弟が死んでいること、そしてかつて見殺しにしたこと、
それを指して「言わなかった」と言っていたのか。

物語が生み出していた中盤までの緊張感は、
絶対誰かが誰かを殺してる、ということが分かっていて、
その組み合わせがいくつか考えられて、
どれも起こり得そうなことだったからなんだな。

誠が豪を、有美が豪を、和香子が誉田を…

誰が誰を?という謎に惹きつけられ、
急き立てられるように読み通させる、
確かなエネルギーが本作にはあった。

それから、この作家さんは人の弱さや脆さを描くのが本当に上手だなあと。
有美の意志薄弱さや尾上の怯えに、とても共感したもの。

 震える手でスマートフォンを操作し、豪の連絡先を表示した。削除する、という文字の上で親指が泳ぐ。
 今、こうしている間に豪が帰ってきたら消すのをやめよう。今、通りを確認して豪の姿が見えたら。
 人質のようにスマートフォンを手にしたまま通りを見下ろし、誰もいないのを確認しても指が動かない。(中略)
 有美は、右手でスマートフォンをつかんだまま、左手をドア横のパイプスペースの扉へと伸ばす。もし、ここに鍵が入っていたら消すのをやめる。自分がまたしても違う条件を生み出していることに気づいてさらに自分が嫌になる。しかも先ほどよりも明らかにハードルを下げている。
 --だって私は、豪がいつもここに鍵を入れていることを知っている。

P145より

あああダメだよ連絡先とっとと消しなよ…!

でもわたし、この時の有美の心情が容易に理解できてしまう。

ダイエットの言い訳、勉強の言い訳、遅刻の言い訳…
いつもわたしたちは自分に言い訳をしてしまう。

ダメだと分かっているからこそ、赦しを求め、
自分で自分のための免罪符を作り出してしまう。
そんなもの作ったって、どんなに言い訳したって、
客観的に見た事実は何も変わらないのに。

それでもわたしたちはせっせと免罪符を作り出す。
それってとっても人間らしい感情だよね。
自嘲と人類愛が綯い交ぜになった、深い共感があった。

ラストシーン、それま徹底してサイコパスだった誉田の心情に、
ズタボロになった尾上が思い至り、
その発言が穂乃果ちゃんを失った松浦夫妻に染み入り、
そして数年後、尾上は「カインとアベル」の主演を射止める…

公演シーンの緊張感から、尾上の負った傷が昇華され、
それと共に穂乃果ちゃんも報われるような、
どちらかというと赦しや、解放といった印象を受けた。

いい終わり方だな、と思う一方で、
なんとも言えないもやもやが湧いてきた。
間違いなく、起こった状況下の中では最善の終わり方なはずなのに。

それはもしかしたら、凡庸なわたしなりの、
誠や尾上への妬みなのかもしれない。
何かに自分の全てを捧げられる対象を持つものへの。
そんな風にできる人はほんの一握りで、
結局のところ住む世界が違うのだよな、という不貞腐れ。

登場人物に共感はしたものの、あんまり好きになれなかったから、
(久文さんには、「お疲れ様…」とマッサージ券でも差し入れたいけど)
著者から与えられた一定の救いに、却ってもやもやしてしまったのかも。

ブラック・スワンみたいな、追い詰めて追い詰めて、
全てを犠牲にした代償に得られた究極の恍惚…みたいな、
圧倒的な美、というか、実在するんだろうけど縁遠い存在、
みたいなものが読みたかったのかもしれないなあ。

とりあえず、本作読んだ方には、
誉田をどんな見た目でイメージしたか、ぜひ聞いてみたいな🤔笑

図解:登場人物が印象に残らないので整理する

なかなか面白かった本作ですが、
好きになれる登場人物がいなかったことが少し残念だった。
共感できるところは多かれど、精神が不安定なキャラクターが多くて
ちょっと疲れるというか。

そのせいか、登場人物はとても少ないのに
人物の名前が一向に頭に入ってこない、という現象が発生した。
わたしだけかなあ。

てな訳で、簡易相関図作ってみました。

藤谷兄弟の親とか古木さんとか入れようと思って挫折した

この相関図作ってみて思った。
わたしは藤谷兄弟の関係性についてもっと読んでみたかったということを。
かつて文字通り弟を見殺しにしかけた兄と、
感覚がぶっ飛んでる弟とが一つ屋根の下に暮らしてたんですって⁉︎
しかも誉田から、豪と比較されるというエグい追い込みを受けたのですって⁉︎

追い込みを受けた誠は何を思ったのかな?
あゆ子とのやり取りを見る限り、至って普通に思えた彼の性格は、
誉田によってどう歪められたのかな?
豪のことを、愛していた?憎んでいた?殺したかった?

久々に弟(の動かぬ体)と3日間を過ごした時は、何を感じたの?
それが舞台で演じることにどう繋がった?

我々が与えられる誠の情報が少なすぎて、
類推することすら出来なかった。それが勿体ないと思ってしまう。
それこそ、極限まで追い詰められたニナ(主役のプロマドンナ)が
最高の演技を舞台で魅せたように、誠のフィルターを通して、
舞台が見てみたかったなぁ、と思ってしまう。

公演終了後、豪の葬儀に参加した誠は
客観的にも冷静な状態に戻って居て、そこも「ん?」と思った。
極限まで追い詰められて、もう普通に戻れちゃうものなのかな?
この後、誠はダンサーとして大成するのかな?
あゆ子とは付き合い続けるのかな?いろんな疑問が残った。

本作はそんな藤谷兄弟を取り巻く人々にスポットを当てたくて、
あえて上に挙げたような描写は削ぎ落としたのだと理解はしているつもり。
それは重々承知なんだけれども、読んでみたかったなぁ。

うーん、でもスピンオフで読みたいかと言われると、そうではないんだよね。
もう豪は死んでしまっているのだから。

桜庭一樹の「私の男」みたいに作中で振り返るような構成ならともかく、
過ぎてしまって取り戻せない喪失を
区切られた別の物語として読んでみたいとは思わないというか。
だからこその喪失感なわけでね。
願わくば、作中で読んでみたかったな〜〜〜