夢想家もリアリストも大満足の伊坂幸太郎「逆ソクラテス」
久々の伊坂作品でした。
話のスケールは決して大きくないのに、こんなにも面白いなんて。
小さなお話たちだからこそ、読み手に寄り添う感じがするのかもしれません現実的でありながら、奇跡やロマンがひと匙振りかけられているような読み心地でした。
読んでいる間、明るくて軽快で心地よいなぁとずっと思っていました。この空気感が伊坂さんらしいなぁとウキウキして、「伊坂作品読んでるぞ〜!」という浮遊感があるというか。この感覚、伊坂ファンの方には共感していただけるのでは。
逆ソクラテス、という”ありそうで無い感”たっぷりのタイトルも伊坂さんらしくて良いですよね。公式サイトのインタビューでは、タイトルにガリレオ(東野圭吾の「ガリレオ」シリーズを意識して)と付けたらどうかという突飛なアイデアから、逆ガリレオ…ソクラテス…逆ソクラテス…と繋がっていったそうことが語られています。
上記のインタビューは、集英社特設サイトより
5つの短編で構成されていますが、全て主人公は小学生です。
表紙も身体が街で覆われた巨大な馬(イラスト見ないと何のこっちゃという感じですが、身体が街で覆われた巨大な馬と言うほか無い)に小学生がしがみついているもので、わたしは何となく、この表紙と『敵は、先入観。世界をひっくり返せ!』という帯の言葉だけ見て、早計にもこのように感じてしまいました。
「なんだか子ども向けなのかな、ちびっこ不思議大冒険みたいな?…うーん……そんなに興味ないかな」と。
そのため是が非でも読まないと!みたいな意識は無かったのですが、SNSなどで見かける評価が軒並み高かったので(わたしは予備知識なく読みたい派なので、気になる作品の感想はなるべく中身を読まずに感触だけ掴むようにしているので、実際にそうだったかと言われると自信が無いのですが)、心の片隅にはいつも引っかかっていて、ようやく今回読むことができたのですが、いやぁもっと早く読んでおけば良かった。傑作ですわこりゃ。
どうしたら自分だからこそ書ける、少年たちの小説になるのか。自分の中にいる夢想家とリアリスト、そのどちらもがっかりしない物語を、ああだこうだと悩みながら考えた結果、この五つの短編ができあがりました。
あとがきより
自分の作品の評価は客観的にはできませんが、デビューしてから二十年、この仕事を続けてきた一つの成果のように感じています。
と、伊坂さんご自身があとがきで言ってしまうくらいだもの。
子ども向けでは決して無いけれど、小学校高学年や中学生が読んでも楽しめて、おじいさんが読んでも面白いと思う。派手な展開が無いがゆえに、シンプルで、普遍的でもある。
↑で伊坂さんが語られていますが、まさに”夢想家”(=お子さん)も”リアリスト”(=大人たち)も大満足の作品だと思います。伊坂作品の昔からのファンも、伊坂さん初めましての方もみ〜んな大満足。すごいぞ伊坂先生!
以下、ネタバレ感想が続きます。未読の方はご注意ください🙇
Contents
未読の方はご注意!ネタバレ感想
わたしはやはり表題作「逆ソクラテス」が一番好きでした。ちょっとした無茶と、ちょっとした奇跡と、「僕はそうは思わない」という力強い言葉。伊坂さんが作家人生のひとつの成果、とおっしゃった意味が分かるような気がします。伊坂作品の魅力をギュッと詰め込んだ結晶のような、輝きのある作品でした。
ところで「僕はそうは思わない」を読んだ時、それはまさにわたし自身が大切にしている価値観でもあって、少し昔を思い出しました。
小中学校の同級生にちょっと変わった男の子が居まして。吉田くん(仮)って言うんですけど。
いじられ寄りのキャラだった吉田くんは何をしてもみんなからツッコまれることが多くて、それをぼうっと見ていたわたしは当時、「何となくフェアじゃないよな」と思っていたのですよね。
例え吉田くんが何かいいことしても、マトモなことを言ったとしても、なぜかツッコミが入って笑われる空気ができている。クラスのボス的存在だった知念くん(仮)が同じことを言ったら、絶対同じ空気にはならないよな、と。
そんな違和感を抱きながらも、わたしは自分に自信のない、つい親の顔色を伺ってしまうような卑屈な子どもだったので、これっておかしくない?吉田くんのことだけ笑うのはおかしくない?とみんなにビシッと言うことは当然出来ませんでした。
代わりに、「せめて自分は先入観を持たずに、その人の言葉や振る舞いをその都度フラットに受け止めたいな」と、自分の中でだけ決めたのです。これは今も忘れずに、仕事をする上でも気をつけるようにしています。
その後も、自分に自信を持つことは一向に出来ないままスクスク育ったところで、ある日、とある発見をしたのでした。
それは「わたしが”こう”思うということ自体は誰にも否定できない」という至極当たり前のこと。確か大学生の時だったかなぁ(気づくの遅い)
わたしがこのように思った。このように感じた。例えばその”内容”には誤りがあったとしても、”思った”や”感じた”という心の動きそのものはわたしにとって揺るぎない事実で、その事実は誰にも否定できないのだと思い至ったのです。そう考えることで、自信を持とうとしたのだと思います。よほど間違うことや否定されることを怖がっていたのでしょうね。
自らの気づきと「僕はそうは思わない」という本作における魔法の言葉が重なったことで、あの頃の漠とした不安や、不安の最中で何とか揺るぎないものを持とうとした自分が肯定された気がして、嬉しく愛おしく思いました。
ああすみません、ついつい隙あらば自分語りをしてしまいました……失礼しました。(ところで自分語りと言えば、「も〜さんの隙あらば自分語り」面白いですよね。好きです)
さてさて、伊坂作品と聞くと無条件で気になるのは作品間リンクですよね。「逆ソクラテス」全編を通して、いくつかの関連が見られました。
まず磯憲という先生が「スロウではない」と「アンスポーツマンライク」に登場しましたね。それから、最後の「逆ワシントン」のラストに出てきた家電量販店の店員は、「アンスポーツマンライク」にて主人公たちを襲撃した犯人で決まりでしょう。ユーチューバーからプロバスケ選手に転身した駿介の活躍に涙しながら、知り合いかと聞かれて必死に否定していましたね。
「スロウではない」で磯憲が語っていた「いじめっ子がやり直そうとしているんだったら、やり直させてやりたくないか」という言葉。
いじめっ子=失敗した人と置き換えたとして、銃で人を傷つけてしまうという犯罪を犯した青年が、びっしりと家電の情報を書き込んだメモを持ち、家電量販店の後輩から「すごく真面目でいい人」と評されているのを読むと、彼が必死にやり直そうとしていて、実際にやり直すことが出来ていることが分かります。
そんな風にさりげなく(結構あからさまなので、さりげなくは無いのかな)明るい光を差し込んでくれるところも、伊坂さんらしくてとてもいいですね。うん、好きだなぁ。
さて、磯憲を軸に、物語を時系列に整理できそうです。おそらく、以下のようになると思います。
スロウではない(今編)
アンスポーツマンライク(小学生)
アンスポーツマンライク(高校生)※ミニバスの大会から5年後、磯憲が”まだ若いのに”癌で自宅療養
アンスポーツマンライク(社会人)※高校生の時から6年後、磯憲はまだまだ若いはず
逆ワシントン ※駿介がプロで活躍=↑の数年後?
スロウではない(未来編)※今編で”殆ど新卒”だった磯憲が白髪なので…40年後くらい?
アンスポーツマンライクでは癌で苦しい闘病を続けていましたが、それを乗り越え、白髪になるまで生き抜いたことが分かり、嬉しくなりますね。
逆ワシントンのゲーセンで登場した太田という店員もまた印象的でしたが、これは他作品にも登場するみたいですね。ネット上では「裏稼業コンビ」の一人として語られていましたが、何だっけそれ…?
※おそらく「残り全部バケーション」に登場するのだと思います。読んだ気がするのだけど全く覚えてない…
わくわく名場面集
久留米はそこでも落ち着き払っていた。「何だかそんな風に、持ち上げてもらってありがたいです」と打点王氏に頭を下げた。「草壁、おまえ、本気にするんじゃないぞ」とも言った。「あくまでもお世辞だからな」
P59より
念押しする口調が可笑しかったからか、数人が笑った。場が和んだといえば、和んだが、わざわざそんなことを言わなくても、と僕は承服できぬ思いを抱いた。
「先生、でも」草壁が言ったのはそこで、だ。「僕は」
「何だ、草壁」
「先生、僕は」草壁はゆっくりと、「僕は、そうは、思いません」と言い切った。
スカッとした〜〜!この安斎くん、後々登場しない(と思われる)のが残念なくらい良いキャラしてますよね。大胆不敵で、ちょっとおっちょこちょい(絵画にサインがあって慌てて作戦を中止するとか)で、人として大事なものというか、芯を持っている。
打点王氏、という表現も伊坂さんらしくて好きだなぁ。
「ドン・コルレオーネ、どうして運動ができる人間とそうでない人間がいるんでしょうか」
P66より
「どちらかが偉いわけではない」
「でも、足が遅いと馬鹿にされます」
「馬鹿にするやつがいるのか」
「特に女子が馬鹿にしてきます」
「そんな女性がいるのか」「はい」
「では、消せ」
最近、ゴットファーザー観たこと無いなと思って、今度一日かけて三作一気に観てやろうとたくらんでいたところだったので、タイムリーだなと勝手に嬉しくなりました。
目の前にいる男の顔は、深海に取り残された者が流すような、深い暗色の涙で濡れている。彼だって、好きでこんなことをしたわけではないのだろう。
P227より
自分で望んだわけでもないのに、迷路にはまりこんで、息苦しさと不安でそこから逃げ出したかったのかもしれない。
「ごめん、アンスポだったわ」駿介は、男にそう告げた。
ああ、そうだ。
もしアンスポーツマンライクファウルだったら、相手はフリースローが与えられた上で、さらにリスタートの権利がもらえる。
そのことを僕は、男に伝えたくなった。
『深海に取り残された者が流すような、深い暗色の涙』という表現が印象的。それは孤独で苦しい涙だろうな。衝撃的ではあるものの、お話としてあり得ないわけではなく、直接の救いはなくても、読者に明るい光をもたらす。これもまた伊坂さんらしい締め方だと思いました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!