祝直木賞!米澤穂信「黒牢城」を読みました(登場人物紹介付)
第166回直木賞受賞作品!おめでとうございます。
米澤穂信さん作品は遠い昔に「氷菓」シリーズを一作品読んだくらいでそこから読む機会がなかったのですが、「満願」や「王とサーカス」が人気な印象があって、本作も史上初の4大ミステリランキング完全制覇!なんて大層な煽りを付けられていたものですから、獲るべくして獲った直木賞、という感じがいたしますね。
個人的には直木賞発表直前に読んだ「同志少女よ、敵を撃て」の沼にどっぷりハマったところだったので、選ばれなかった悔しさをうっすらと抱え、「黒牢城、そんなに面白いのか〜?」とやや斜に構えながら読み始めたのでした。
結果、文句なしに面白い!!!!
いやぁ〜なるほど。どっしり歴史小説でありながら、ミステリ界隈の賞を総ナメしたのも納得の展開でした。
内容に入りすぎるとネタバレに繋がりかねないというか、(毎回言ってますが)わたしは面白い作品ほど予備知識なく読んでいただきた勢なので、この段階で物語の内容には深く申し上げませんが、とりあえず歴史小説を普段読まない方でもちゃんと楽しめます。大丈夫。
登場人物のセリフが武士言葉なところがちょっと取っ付きにくいかもしれませんが、わたしにはそれが新鮮でした。ちょっとやみつきになるほどに。
実際に本文を読んでいただいた方が雰囲気が伝わると思うので、冒頭のシーンから一節ご紹介します。
「お目通しをお許し下さり、かたじけなく存じまする」
P10より
官兵衛の声はよく通る。対する村重の声は、いつもどこか重い。
「官兵衛、久しいな」
「は、まことに」
(中略)
「摂津守様にはご機嫌麗しく、官兵衛お慶びを申し上げまする」
その大仰な礼に苦笑いしつつ、村重も応じる。
「おぬしも息災でなにより。美濃守は達者かな」
「父は、なにぶんこの時世にござれば楽隠居もならず、姫路の守りを固めておりまする。この頃は織田に出した人質を案じて繰り言ばかり、我が父ながらはや耄碌したかと、いささか便りなく思うておりまする」
挨拶のやりとりなので一層格式ばっているのかと思いきや、全編こんな感じ。堅苦しいのになぜか読みやすい。きっと語感が良いのだろうなぁ。リズム感があるというか。
歌舞伎ってこんな感じなのかな?と思ったりもしました。
日本史無知民が読んだ戦国小説
お恥ずかしながら日本史に疎いもので、本作の主人公である荒木村重の辿った運命を知らずに読み始めました。
※黒田官兵衛って岡田くんがやってたよね?くらいなものでして。
(ちょうど最近、漫画「へうげもの」を読んだのですが、こちらにも荒木村重が登場しますね。織田信長を描こうとすると、自然と出てくるその時代の大物なのですね)(今更日本史が面白い今日この頃)
歴史小説を読む上で前提知識があった方が面白いパターンも多いと思いますが、本作はわたしのような無知蒙昧でも問題なく楽しめましたし、むしろ先の展開を知らないので「……どうなっちゃうの!?」とハラハラ楽しめました笑
わたしから見た荒木村重、渋くてカッコよかったです。
とにかく勘が良く働き、先を見据える力があり、ロジカルで、武功も素晴らしく、冷静沈着……リーダーシップの塊でした。あと奥さんを大切にされているところも良かった。こんな上司居たら安心だろうなぁ。
これならワンチャン信長にも勝てるのでは?と思いつつ、いやでも勝ててたらもっと教科書に華々しく載ってたり、大河の題材になったりするものな……わたしが知らないということは、最後は……とやきもき。村重おじさんの行く末が気になって一気読みでした。
荒木村重を知っている方も知らない方も、歴史小説が好きな方もそうでない方も、著者・米澤さんの巧みな語りで戦国に心を飛ばしてみてはいかがでしょう。
あと「えっ岡田くん(黒田官兵衛)がそんな目に……!?」という驚きもあって(きっと有名な出来事なのでしょうが、日本史ほんと疎くて…)、黒田官兵衛サイドの物語も読んでみたくなりました。
ところで、大河ドラマの“大河”って言い得て妙ですよね。
人々の一生が積み重なって流れを生み、大きなうねりを生んでいく。ただその大河を生み出す雫の一滴は漂いながら押し流されていくだけで、流れは決して逆方向を向くことはない。
歴史を大河と最初に表した人、天才だと思います。
本作は、荒木村重という一滴を拾い上げ、丁寧に磨き上げ、違う角度をわたしたちに見せてくれたものなのだと思いました。そこに本作の味わい、本作の面白さがあるのだと。
※以下、ネタバレ感想が続きます!未読の方は要注意です!
読んだ人だけ先進んで!ネタバレ感想
歴史小説という角度からの感想が続きましたが、ミステリとしても秀逸でしたよね。
まさか獄中の黒田官兵衛が安楽椅子探偵を務めるとは!
構成がシンプルなので、読んでいるうちに本作のリズムが読み手にも掴めてくるあたりが親切設計でしたよね。
4章構成で、各章それぞれで不可思議な出来事が起こる→村重おじさんが自力解決を試みる→追い込まれる→官兵衛を頼る→見事解決、になると。分かりやすくてありがたい。
各章それぞれの”不可思議”って、ウィキペディアでは見つけられなかったけど本当にあったことなのかなぁ。
すごいなと思ったのは、この超シンプルな物語の骨格の中で、時系列が進むごとに戦況が変わり、家臣のモチベーションも浮き沈みし、村重おじさんの置かれる立ち位置も少しずつ変わっていったところ。
和紙に垂れた墨汁がジワ〜〜っと広がっていくように、章を追うごとに物語の様相が徐々に変わっていく。それの移り変わりが極めて自然で、読み手としても「そういう戦況ならそりゃ家臣もそういう気持ちになるだろうなぁ」と納得できることばかりでしたよね。その説得力がすごかった。
真綿で締められるように追い詰められていく村重おじさん。劣勢となってもなお依然として渋くてカッコイイままだった村重おじさん。所有欲を捨てられず煩悶する様子も、わたしは人間らしくて良いなと思いました。
単騎で有岡城を抜け出し毛利を連れて攻め戻る…という官兵衛の提案が甘い罠であることに寸でのところで気づいたのは、奥さまとの連携プレー!という感じでよかったですよね。(同意の強要)
ただそれでも、村重おじさんは官兵衛の提案通りに有岡城から脱出することになる。
「自分の名声を地に落とすことが目的か」と気付いた上で実行していたのだったら、物語の通り渋くてカッコいい村重おじさんだったなら、一般的に言われるような臆病風に吹かれたり命を惜しんでの逃亡ではなく、本当にわずかな勝算をもぎ取りに行ったのかもしれない。
読み手にそう思わせる説得力がありました。
それにしても、家来や家族が住む六百人以上も……!
殺されてもなお、逃げ続け、生き続けたとは、村重おじさんは相当なメンタル強者だったのだなと思いました。
そこから茶人として再び世間に現れるとか、控えめに言っても面の皮が厚すぎる。しかも茶人として「荒木道糞」と名乗っていた時期もあったとか。そのメンタル見習いたい。生き切った方が勝ちという信念が伝わってくるけど、死んだ家臣たちはどう思うだろうか…?
なんて、物語のその後の村重おじさんのことを併せて考えてみると、せっかく米澤さんが語り切った“渋くてカッコいい荒木村重像”が、やっぱり揺らいでしまいそうに思えるのです。
他の方の感想を読むと「荒木村重好きになれなかった」というお声もあるので、わたしが捉えた“渋くてカッコいい”という読み方も、あるいは人それぞれなのかも。
みなさんはどのようにお感じになられたでしょう?
物語の方に話を戻すと、官兵衛が処刑されたはずの息子と再会するというラストも良かったですよね。悪因が悪果を呼び、それが繰り返されると嘆いた官兵衛のところに飛び込んできた善因と善果。
綺麗に落としましたね〜!と作者さんを肘で突きたくなりました。(失礼極まりない)
リズミカルな文体、説得力ある進行、歴史とミステリがバランスよく織り交ぜられた構成、綺麗なラスト。読み終わって、こりゃ〜〜直木賞だわ〜!としみじみ納得したのでした。
※「同志少女よ、敵を撃て」の”重苦しいのにめちゃくちゃエンタメ”という新鮮さと展開のエモさに打ちのめされ、「ぜひデビュー作で直木賞を!」と密かに応援していたのですが、黒牢城のどっしり歴史ミステリっぷりを読むとやっぱこういうのが直木賞なのねぇと思いました。前回受賞作のテスカトリポカも異色だったので、同志少女もいけるのでは?と思ったのだけど。
復習にご利用ください、登場人物一覧
歴史小説あるあるとして、主要人物は覚えられても、やっぱり家臣や側近の名前とキャラが覚え切らないうちに読み終わってしまったので、復習がてら登場人物をまとめてみました。
ウィキペディアの記事がある人は名前のところにリンク貼ってますのでご活用ください。
歴史モノを読むと、史実やその前後の歴史も知りたくなって知的好奇心が刺激されますよね。本作と同時に直木賞を受賞された「塞王の楯」も読んでみようかな。
村重の家臣と側近たち
荒木摂津守村重:40歳半ば、巌のごとき大男で有岡城の城主。「顔は浅黒く焼け、細く落ち窪んだ目はどこか眠たげで、人が見れば鈍根とも思うだろう」とのこと。なかなかな言われっぷりで笑ってしまう。しかしながら「だがかれはひとたび戦場に立てば火を噴くように烈しく戦い、重い口を開けば諸人を説き伏せ、要に応じて奸計をめぐらせる乱世の武士であった」とのこと。わたしには終始かっこよく映りました。戦を見通す大局観があるからこそ、蜂起した時に見えていた勝ち筋がどんどん閉じていくことも分かってしまったのでしょうね。有岡城を脱出した目的は毛利の味方に引き入れるためというのが本作の大前提だけど、一方ではただ逃げ出しただけという解釈もあるらしい。皮肉にも家臣や親類が酷い目に遭いながらも本人は息抜き、最後は茶人になったとのこと。
荒木久左衛門:30歳をちょっと超えたくらい。「年に似合わぬ思慮深さ」とのこと。家老を勤めているが、村重の寵愛は十右衛門が一心に受けているようでちょっとかわいそう。村重脱出後、村重を説得するために城を出るが、村重が説得に応じなかったのでそのまま逐電(逃走)してしまう。信長はそれに激怒して家臣や武士たちの縁者らを大勢殺してしまう。
中西新八郎:30歳弱の剽悍な武士。新参者に近いらしい。上臈塚砦を守る。村重を信望するが、敵の滝川右近とうっかり陣中見舞いのやり取りをして村重にこっぴどく怒られ、しょんぼりする。村重が脱出したのち、右近に内応して織田勢を城内に引き入れたとのこと。その後は池田勝三郎恒興の臣下に組み込まれたが、目立った活躍は無かった模様。
池田和泉:「久左衛門とさして年は離れていないのに、ひどく分別くさい顔」の家臣。場内の武具や兵糧の差配と見廻りを任されている。村重が脱出したのち、有岡城に残って留守居役を務めるが、久左衛門が裏切ったことを知ると鉄砲で頭を撃ち抜き自害。お可哀想に…。
北河原与作金勝:眉目秀麗な若武者。村重の先妻の縁者で、有岡城で最も馬芸に優れていて、織田の包囲を破って尼崎城に書簡を届けたことも。有岡城が落ちた後は死なずに住み、摂津に住み続けた。のちに村重の孫を引き取って育てたと言われているらしい。
瓦林能登入道:五十がらみの僧形。僧形では在るが、刀術を好み仏門に入っている訳でもない不遜の武士。与作と折り合いが悪い。実は織田に通じており、無辺と四郎介殺しの犯人。なんと雷に打たれて死亡。
野村丹後:40歳を超えた体躯の大きな、鵯塚城を守る武士。豪快なお人柄。軍議で発言はするけど、作中で目立った活躍はしなかった。村重が脱出したのちは、降伏を申し入れるが受け入れられず殺されたとのこと。
安部二右衛門:父と叔父を騙して織田に降った大和田城主。
安部自念:二右衛門の息子、人質として有岡城にいたが、父親の寝返りによって牢に閉じ込められることに。しかしその翌朝不審な死を遂げる。
郡十右衛門:御前衆の組頭。30半ばくらい。どことなくとぼけた顔つきだが超有能。むしろこの後紹介するけど十右衛門以外が長所短所の差が激しすぎるので、難題は全て十右衛門に押し付けれてて不憫だった。作中の十右衛門、絶対「やることが…やることが多い…!!」と思ってたよね。いつか十右衛門が村重を裏切って、村重の折れかけた心がパッキリと逝ってしまうのではとハラハラしたけどそんなことは無かった。よかったよかった。村重の脱出をサポートするが、殿の帰りを城で待つということで有岡城に戻る。ヒロインか?城が落ちても生き延びて、豊臣秀頼の下で大坂の人に臨み、70歳くらいまで生きたのちに切腹で自害とのこと。力強く生き抜いたのね。Wikipediaでヒットしないな…と思ったらお名前が変わっていたようで、都宗保さんになったらしい。村重家臣時代のことはウィキでもほぼ触れられてなくてちょっと寂しい。
秋岡四郎介:刀の使い手で、細身、目は鷹のように鋭い。人との繋がりを持とうとしないクールな男。「それがし」って一人称が似合う。自念の不審死で詰問されて以降はひっそりとしていたが、無辺殺しの際に刀を抜きもせず、これまたひっそりと殺される。可哀想に…。
伊丹一郎左衛門:24歳、痩身で風采は上がらぬが鉄砲の上手、とのこと。村重の評価って容赦ないよね。第二章で敵陣への侵入するという危険な命令を受け、自分が帰らない場合は息子を取り立てるよう村重に約束させるなど、風采が上がらないと言われている割には抜け目ない人。無事に敵陣からは帰還するものの、その後の戦で村重に襲いかかった武士と戦い討ち死に。切ないね。
乾助三郎:大柄な五本鑓。十右衛門とはまるで正反対の性質(気が利かず、何事も遅く、勘が鈍い)と言われててちょっと不憫。でも「助三郎は一途に命に従う」とのこと。殿からの信頼が厚くてよかったね。五本鑓が次々と死んでいく中、十右衛門と助三郎は最後まで生き残り、村重とともに有岡城を脱出する。十右衛門は有岡城に残り、助三郎は最後まで村重のお供をしたとのこと。
森可兵衛:30歳、大柄で豪傑らしいヒゲを伸ばしている。「武芸百般なんでもござれという武士で、中でも鑓捌きは名人の域に迫るが、勘はいたって鈍く、とうてい人の上に立つ器ではない」とのこと。だからひどいのよ。三間鑓を二つ繋いだ長い鑓を用いて自念を殺めた。打ち首ではなく戦場で死ぬことを許され、織田勢の兜首を抱えた姿で死去。
下針:30歳くらい。常に戦場に在る兵の目をしている。雑賀の鉄砲上手。自念の不審死騒動の時に見張りをしていたことから村重に認知される。千代保が企んだ能登入道銃殺の下手人だった。村重が有岡城を脱出した時にサポート役にもなるが、最後まで付き従わずに雑賀衆に戻っていった。有岡城が落ちた後の生死は不明。
鈴木孫六:雑賀の頭目・孫一の弟で有岡城にて雑賀衆を束ねる将。おじいさん。茶の湯で村重のお茶を入れる仕草を見て感銘を受ける。村重脱出後は行方が分かっていないとのこと。
高田大慮:南蛮宗に帰依したダリョ爺さん。高山右近の父。結構なご年齢のようだけど、大津へ攻め入ったときに武士を討ち取る。お元気ね。村重脱出後、有岡城落城後は助命され、柴田修理亮勝家に預けられたとか。村重を裏切った息子の右近のおかげの模様。
その他の人たち
黒田官兵衛:作中では小寺官兵衛を名乗るが、表記は黒田官兵衛で通されている。30歳を過ぎた頃。「だが官兵衛は実に若やいだ、見目に花のある武士であった」とのこと。岡田くん(※2014年の大河ドラマ)の演じる姿が目に浮かぶようですね。村重のところに使者として訪れる。普通であれば使者は生かして帰されるか殺されて首を帰されるかの二択だけれど、官兵衛は捕らえられ土牢に押し込められることになる。有岡城が落ちた後は家臣の栗山善助に助けられ、秀吉の元に戻る。傷を癒すために有馬温泉で湯治をしていたところに竹中源助が訪れ、死んだと思っていた松濤丸との再会を果たす。よかったね。
大津伝十郎長昌:織田の馬廻のひとりで、有岡城付近に陣を張った大将。近習から取り立てられたらしく、おそらく若くてイケメン。誰も大津の顔を知らなかったので首実検は不調に終わるが、実際は村重が奇襲の最初に射殺していた模様。
無辺:五十歳くらいの廻国の僧侶。戦の前から名前を知られていたが、戦場に在って民衆の支持をめちゃくちゃ得ているお坊さん。村重の密使を務めるが、実は織田勢とも通じていた二重スパイ。村重から和睦の密書と大事な茶碗を託されるという超大役を受けるが、不慮の死を遂げる。
栗山善助:黒田家家中。官兵衛を救うため単騎(かどうかはよく分からないけど)有岡城に侵入する。30歳くらいで「分別と無鉄砲が同居したような顔」をしているとのこと。
千代保:村重の側室。心優しく周囲から「だしの方さま」と慕われる。自念殺しの仕立て人であり、首のすげ替えを支持し、能登入道を撃ち殺そうと企てる。それらは全て、彼女が伊勢長島で経験したことが由来で、神罰が存在することを民に知らしめ、御仏がそばにいることを伝えたかったため。有岡城が落ちた後、京都に送られ六条河原で首を斬られる。oh…
最後までお読みいただき有難うございました!(同志少女も面白いので、ぜひ!笑)