SNS映えする「ボクたちはみんな大人になれなかった」は40代ホイホイだった
祝映画化☺☺森山未來さん好きなので観てみたいなぁ。ネトフリ未加入ですが…
ということで、今回は原作小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」のご紹介です。
加速して増殖する仕事量、お金の話もどんどん桁が増えていく。出会う人数も知り合いも多い方が強みだと賞賛され、女の話になると「可愛いの?若いの?仕事何してるの?巨乳?」と聞き返される。彼女の魅力をボクはいつも説明できなかった。説明なんてする必要ないんだろうけど、どう話したとしても「ブスのフリーター」にいつもショートカットされるのが悔しかった。そのうちボクは誰にも彼女のことを話さなくなった。彼女から教わった音楽を今でも聴いている。彼女から勧められた作家の新刊は、今でも必ず読んでいる。港区六本木にいながら暑い国のことを考えるのは、インドが好きで仲屋むげん堂で働いていた彼女の影響だ。彼女はボクにとって、友達以上彼女以上の関係、唯一自分よりも好きになった、信仰に近い存在だった。ボクが一番影響を受けた人は、戦国武将でも芸能人でもアーティストでもなく、中肉中背で三白眼でアトピーのある愛しいブスだった。
P138〜139より
予想以上に面白かったよ
インスタ等でよく見かけることと、タイトルや表紙のトーンがイマドキだな〜と思い、以前から気になっていた作品でした。
「20代女性が描いたケータイ小説(古…)みたいなやつかな?」と想像しながら読み始めたら、ある時代のある東京を確かな手触りで切り出したいい感じの小説だったのでいい意味でギャップがすごかったです。(※ただ早とちりしただけ)
著者はテレビ美術制作に携る1973年生まれの男性で、「ああこれはきっと、著者の経験や見聞きしてきたことが盛り込まれてるんだな」とすぐに分かる、私小説の香りがする本だったように思います。
これを描いたのがもし20代女性だったとしたら、その人はとんでもない才能の塊なんだけどな…と、思わず考えてしまう類の作品というか。
これは決して批判しているのではなく、そのくらい「あの頃の空気の匂い」がたっぷり詰まっていました。わたしは「あの頃」を知らないから、テレビや人の話から聞いて想像する限りでしかなく、偉そうに断言はできませんが。
確かに在ったであろう東京の、猥雑で、スポットライトの影のような、湿ってて不健全で、だからこそ惹かれる人が絶えないような、東京の確かな側面を描き出しているように感じました。
ちょっと気になった人は、目次を見てみたらいいと思います。
この言葉の選び方、並べ方にビビっときたら、きっと面白く読めるはずです。
最愛のブスに“友達リクエストが送信されました”
暗闇から手を伸ばせ
ビューティフル・ドリーマーは何度観ましたか?
好きな人ってなに? そう思って生きてきたの
そしてまたサヨナラのはじまり
「海行きたいね」と彼女は言った
1999年に地球は滅亡しなかった
ギリギリの国でつかまえて
東京発の銀河鉄道
雨のよく降るこの星では
東京という街に心底愛されたひと
あの子が知らない男に抱かれている90分は、永遠みたいに長かった
ワンルームのプラネタリウム
ボクたちはみんな大人になれなかった
君が旅に出るいくつかの理由
やつらの足音のバラード
永遠も半ばを過ぎて
必ず朝が夜になるように
バック・トゥ・ザ・ノーフューチャー
この目次を眺めてみて「うわっ」と引いてしまう人もいるかもしれませんね。その場合は、多分読んでも面白いとは思えない気がするので、やめておいた方がいいかもしれません笑
読み心地がいいんだな
読んでみての印象は、言葉に対する感度の高い人が、自分がこれまで感じてきた手触りを形にしたものなのだな、ということでした。
言葉の選び方、タイトルの付け方が今時なのに普遍的でもあって、読み心地がよかった。まるで、ゆったりとした音楽(ブルースとか)をレコードで聴いているような気持ちがしました。
糸井さんが「R&Bを聴いてるよう」と帯コメントしてたけど、「それなーー!」ってなりました。コピーライターさんはやはり視線の角度が鋭い。
結果、バズった小説に中身は無いという先入観を崩してくれる良作だと思いました。(文体の相性がよかったんだなきっと)
“泣ける”“大人の恋愛小説”みたいな売り出し方をされているように思うけど、
そうじゃない!そうじゃあないんだよう!
と声を大にして言いたくなります。
大人の恋愛小説なのではなくて、わたしが思うに、これは過去に浸るための本なのだと思います。
思い出すのも恥ずかしい色恋、仕事に忙殺された日々、飲んだくれて語り明かした夜…追体験して、自分の過去も取り出して眺めて、ちょっとおセンチになるための本だと思う。
(読むとポエムな感想を書きたくなるジャンルの本)(わたしはそれをポエマー製造機と呼んでいます😇)
次回作がもしあるとしたらどんなものになるのか、大成するのかしないのか、注目したい作家さん。
(わたしは一度きりの、私小説だからこそ輝く種類だと予想する。予想が裏切られたら、それはそれで喜ばしいこと!)
以下、ネタバレ感想に入ります。未読の方はご注意ください!
既読の方だけどうぞ、ネタバレ感想
読んで感じた疑問点
- ちひろが名前を変えなければならなかった(今の結婚相手には夏帆と名乗る)のはなぜ?
- 「今度CDを返す」「リップクリームを買いに行こう」…何気ない会話しかなかったはずなのに、こっぴどく振られたと言っているのはなぜ?
- 終わり方は過去を振り返って、たらればを考えて終了?
- 関口さんはどこに行ってしまうのかな?
- どこまでが実話で、どこまでが架空かな(例えば、介護長者で脱税の人にモデルはいるのかな)
疑問に対する考察
SNSがきっかけで昔の恋人を見つけながら、連絡することもなく、取り出して眺めて、また自分の引き出しにそっと仕舞うだけ…そのリアリティにとても共感できた。
(なぜなら、同じ状況になったとして、たぶんわたしも連絡することはないから
フェイスブック創業者に悪態をつく場面、共感できない人もいるんだろうなあ)
愛しい恋人とのほろ苦い思い出を取り出して眺めて仕舞う、分岐点がどこだったのか探る思索をした、というラストシーンだったと解釈した。
パラレルワールドを妄想したというか「もしこうだったら、もう少し違ったのかな」と想像したというか…、結局想像だから何も変わることはないんだけど、“再構築”をしたんだと思った。自分なりの整理というか。
また何事もなかったように日々はすぎるし、きっとあの恋人と連絡を取り合うこともない、世界がその色を変えることもない…
自分の無力さというか、“期待に応えてくれない世界”に慣れきった年代だからこそ強く共感できるはず。40代ホイホイだと思ったのは、そこなんだよなあ。
好きだった場面
最後にブワーッと回想というかモノローグが続くところ。
これまでのあれこれ、交わした会話、色んなものが押し寄せてくる感じが好き。
六本木通りを一本入ったところにあるホテルから見えた東京の夜景が美しかった。七瀬と食べた牛乳シーフードヌードルを最近食べていない。関口が初めて会った日に見せたダブルピース。ラフォーレ原宿でした彼女との約束。雑踏。1999年に地球は滅亡しなかった。それに彼女はラフォーレのポスターなんて作らなかった。スーの作るジンリッキーがもう一度飲みたい。満点の星空に照らされたガンジス川に浮かぶ小舟。クリスマスイルミネーションに包まれた六本木交差点。あの目つきの鋭い男にしか見えなかったボク。1ページごとにセロハンテープでとめられた教科書の手ざわり。風俗街のネオンチューブが反射した定まらない天井の美しさ。新宿ゴールデン街の平和な雨音と二度と戻らない朝。フェンスの上ではしゃいだ夜の片隅。日本人初の南極観測隊。信仰に近い存在。自分よりも好きになった人。もう二度と会えない人。日比谷線が暗闇を突き進んでいく。世界の人口は70億を超えて今日も増え続けている。ボクたちがあと50年生きるとして、人類ひとりひとりに挨拶する時間も残っていない。ボクたちが会えたことは奇跡だと思わない?
P155〜156
お、おセンチ…!
インタビューを読むのがオススメ
すっかり燃え殻さんが気になったので検索してみると、作品の裏側がしっかり語られていてスッキリしました。
これを読むと、この作品がやっぱり私小説めいたものだった(ブスに振られたこと、MDプレイヤーが全員に配られたこともあった)ことがよく分かります。
やっぱり介護王にもモデルがいると思うんだけど、誰なんだろう…🤔
ところで、表紙の写真に写っている女性はきっと「ブスの彼女」をイメージしたものだと思うんだけど…
この人ぜったい美人だよね!?
リアリティを求めたら表紙的にはあれなんだろうけど、ちょっともやっとする笑
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