殺人一家(東伏見在住)の日常が融解するー「QJKJQ」を読んだ

 口数の少ない母だ。会話はほとんどない。それでも二人でダイニングテーブルをはさんで飲み物を味わううち、わたしがどこに行っていたのかと訊いてくる。わたしは正直に話す。だって家族だから。母親はとても怒る。どうしようもないと首を振る。困り果てた暗い目でわたしをにらむ。
「どうして外でやってきたの?亜李亜、家にちゃんと部屋があるでしょ?」

P27より

最新作「テスカトリポカ」がいい感じにイかれていて面白かったので、これは別の作品も読んでみようということで、タイトルが印象的な本作を手にとってみました。

表紙もシンプルながら端正で、グッときます。SNS映えしそう。

テスカトリポカの感想はこちらから(登場人物一覧も付いてます!)。

https://sunset-rise.com/star4/tezcatlipoca

ざっくりあらすじと感想

あらすじ

女子高生の亜李亜は、猟奇殺人鬼の一家に生まれ、郊外でひっそり暮らしていた。父は血を抜いて殺し、母は撲殺、兄は咬みついて失血させ、亜李亜はナイフで刺し殺す。ところがある日、部屋で兄の惨殺死体を発見する。翌日には母がいなくなり、亜李亜は父に疑いの目を……。第62回江戸川乱歩賞受賞の長編ミステリー。

一家全員が猟奇殺人鬼(ゾルディック家かな?)というつよつよワードに引っかかった方は、とりあえず読んでみたらいいと思います。わたしもそのクチでした。

冒頭、そして物語の途中にも謎めいた断章が挿入される以外は、すべて主人公である女子高生・亜李亜ちゃんの視点で物語は進みます。

おかしな家族のいつもの日常、だったはずが……というお話。あらすじの通りちなまぐさいところも多いのですが、現実感も薄いので読んでいて気分が悪くなるほどでは無いと思います。

舞台が西東京、というか西武新宿線の東伏見なのがちょっと笑ってしまった。大学のキャンパスがあるので何度か降りたことがあるのですが、結構自然豊かなイメージで、まったく殺伐としたところが無い場所なので。

東伏見に殺人鬼一家が住んでる!?とは、誰も思わないでしょうね。そのギャップが作家さんの狙いだと思うのですが。お近くにお住まいなのかな。

ネタバレすると面白さ激減なので詳しくは後半に譲りますが、ちょっと思っていた展開とは違っていて、その展開の仕方が(恐縮ながら)個人的に微妙…だったので、評価は星三つで。

(※星三つは、フラットに興味があったらアリ、です)

装画が素敵なので調べてみた

冒頭にも少し書きましたが、表紙の雰囲気がとても好きで。

ベッドの上で宙に浮いた男女と、なぜか逆さまになっている全身タイツ(?)の男性。見れば見るほど謎な絵だけど、これは一体いつ頃の、誰が書いた作品なんだろう。

そう思って本のソデを見てみると、絵のタイトルが書いてありました。「カルメル修道院に入ろうとしたある少女の夢(さあ!踊りましょう、闇の女を…)」と。

うん、分からんね。

調べてみると、まず同名の本が発売されているようでした。

そして、町田市立国際版画美術館さんの企画展パンフレットが検索でヒットしたので見てみると、なるほど確かに、マックス・エルンストという作家の作品であることが分かります。

先ほどの「カルメル修道院に入ろうとしたある少女の夢」はコラージュ作品集(って何だろう…?)という形態らしく、おそらく中に沢山の絵と散文が収録されていて、「QJKJQ」の表紙に使われたのはそのうちの「さあ!踊りましょう、闇の女を…」という作品?なのでしょうね。

ちなみにカバーのソデには「©️ADAGP」という文字もあったので調べて見たのですが、フランスのグラフィック・アートおよび造形芸術作家協会というもので、フランスの著作権管理団体とのこと。JASRACみたいなものですね。

そして調査の仕上げに、マックス・エルンストさんは何者なのかという話ですが、シュールレアリズムの代表的な画家の1人だそうで。
もしかしてこのブログを読んでいらっしゃる知的な方々はとっくにご存知…?とちょっと怖くなってきましたが、わたしは全然知らなかったのでこの機会にお勉強させていただきますね。

シュールレアリズム(シュルレアリスムと表記するのが正しいそうですが、分かりやすいように敢えてこう書きます)といえば、「超現実主義」と訳される芸術思想のことで、ルネ・マグリットやサルバドール・ダリ、そしてパブロ・ピカソ(が一時代そうだった、という意味で)が有名ですね。マックス・エルンストもこれら3人に肩を並べるほど有名のようです。美術で習ったかな…?

マックス・エルンストの作品をふぁーーーーーっと眺めて見ましたが、どれも悪い夢みたいで面白かったです。日本では、9作品が所蔵されているそうなので、いつか美術館で本物と対峙するのが楽しみです。

所蔵リストはウィキペディアで確認できますが、東京在住の方(わたしわたし)は上野の国立西洋美術館が良さそうですね。あとは八王子の東京富士美術館(創価)、みなとみらいの横浜美術館が近そうです。

マックス・エルンスト(表紙の絵の作者)についてはこちらのサイトが大変参考になりましたので、詳しく知りたい方はぜひどうぞ。

https://www.artpedia.asia/maxernst/

シュールレアリズムについては、こちらのnoteが読みやすくて、文章としても面白く、とても良かったです。

https://note.com/jusho/n/n470c768e6d20

いやいやいつまで絵の話してるの!小説どこいった!?という方、すみません。わたしもそんなつもりじゃなかった。好奇心が止まらなかった。
小説の雰囲気をもうちょっと知りたい!という方は、こちらのサイトを見てみるといいと思います。

http://kodanshabunko.com/qjkjq

表紙が美しいのは高ポイントなのですが、やっぱり個人的には、冒頭にご紹介した「テスカトリポカ」の方が好みなので、もし佐藤究さん何読んだらいいかな〜と聞かれたら(そんなピンポイントな質問あるか?)「テスカトリポカ 」の方を推すと思います。

以降、物語の核心を含むネタバレ感想が続きますので、未読の方はご注意ください!

ネタバレ感想

そっか〜〜〜〜〜イマジナリー家族だったか〜〜〜…となってしまって、ちょっとテンションが下がってしまいました。この一言、というかイマジナリー家族という言葉だけ言いたくてここまで記事書いたみたいなところあったので、書けてスッキリしました。笑

どんなのでもいいから“パン切り包丁”は実在してほしかったし、なんならお父さんが犯人でもよかった。最初から存在していなかったは、なぁ…(しょんぼり)

とはいえ、亜李亜ちゃんがそんなことになってしまった原因、地下室ミイラの正体、鳩ポンのまさかの真実、そしてそして殺人アカデミーの存在と、未公開映像が観たいがためだけにお金を出す醜悪な出資者たち……というあらゆる伏線回収はお見事で、殺人アカデミーなるものが本当にあってもおかしくないな…と考えてしまうほど。

ラスト、育てのお父さんの死(実の娘の仕掛けたポップコーン爆弾を食べて死ぬって、かなり壮絶な死に方だな…すごく苦しそうだし…娘さんへの贖罪のつもりなんだろうか)を見届け、本当の名前とお金とIDを手に入れたものの、あえて偽の名前(亜李亜)に戻った亜李亜ちゃん。

家の中の死体たち(お父さんが用意・拷問した男の子、鳩ポン、お父さん)の殺人について自首したことにより、真相を隠蔽するため、殺人アカデミーは嘘(亜李亜ちゃんの正体)を本当にした。それにより、亜李亜ちゃんはそのまま生きていくことに。

明言されませんが、途中で挿入されていたアカデミーの講師は成長した亜李亜ちゃんということなのでしょうね。蛇の道は蛇というか、懐に飛び込んだということなのかな。アカデミーに身を置くことで、冒頭に挿入される殺人現場への突入や犯人(本当の父親)へのインタビューの記録にもアクセスすることが出来たのでしょうね。

殺人遺伝子は結局亜李亜ちゃんの中には見出せなかったけれど、彼女もまた殺人に魅せられ、それに人生を捧げることにしたのだと思います。

よく分からなかったのは、最後の場面。幼い亜李亜ちゃんの回想シーン。糸山希砂だった頃の亜李亜ちゃんが、おそらく糸山霧彰と一緒にファミリーレストランで食事をしていて、そこで霧彰が希砂(亜李亜ちゃん)に対して、何かを殺さないと生きられないのがこの世の真理だが、キリスト教の古い儀式では肉の代わりにパンを裂き分け合うものがあって、自分はローストビーフ側(=肉を裂く側?)だが、お前は血肉に飢えたらパンを裂け(=肉は裂くな?)とラテン語で語りかける。

 それでよろしい。父親は芝居がかったラテン語で言う。パンを引き裂け。夜の月を裂くように。わが娘よ。

P380より

これは、自分自身は紛れもない殺人者だが、お前はそうはなるな…と説いている、の、か…?例えば、だから亜李亜ちゃんの中にあるはず(とアカデミーが考えていた)の殺人遺伝子が発動(?)しなかったとか…?

このラストに解釈をつけるなら、わたしだったらこう考えるのだけど…
でも、世にも稀な”境界殺人鬼”と恐れられた霧彰サンが、娘に肉は裂くな、人は殺すな、なんて諭したりするか?しないよね?別の目的があるとか?

うーん、分からない。他に読まれた方はどんな解釈をされるのか、ちょっと気になりました。

余談ですが、亜李亜ちゃんお気に入りのバンド「マリリン・マンソン」って実在するんですね。ふと気になって検索したら、界隈では超有名な方のようで驚きました。(無知をバラしていくスタイル)

マリリン・マンソンのwikipediaみたら予想通り波乱万丈で笑った

さっそくSpotifyで聴いてみたら、メタルというかロックというかとにかくシャウト系(喉どうなってるんだろ)なんですが、かっこいい曲が多くて良かったです。この記事書いている間、ずっと流してました。