痛みに耳を澄ます本屋大賞「52ヘルツのクジラたち」
前々からSNSで見かける評判がとても良かったので気になっていたのですが、2021年本屋大賞に選ばれましたね!
もうこうなったら読むしかない、と言うことで手に取ってみました。
個人的評価は星3つでした。
※5点満点で、星3つは「フラットに面白い。気になる人は読むことをおすすめします」というランクです。
2021年本屋大賞の翻訳作品部門受賞作は「ザリガニの鳴くところ」で、これは受賞の結構前に読んでいたのですが、こちらの方が個人的には好きだし、おすすめかもしれません。
2021年の本屋大賞はクジラとザリガニだったのですね。動物タイトル☺
それはそれとして、あらすじとネタバレのない感想、それから物語の結末を含むネタバレ感想(未読の方は要注意!)をつらつら書いていきます。
ざっくりあらすじと感想
物語は、主人公・貴瑚が、家の修繕にやってきた業者さん・村中にビンタをかますところから始まります。
主人公が一人で海辺の小さな村に引っ越してきたこと、どうやらかなりの訳ありなことが徐々に分かってきて、そして彼女の前に、これまた事情のありそうな美しい子ども現れます。他の個体には聞こえない周波数で歌う52ヘルツのクジラの声が結んだ絆。伸ばした手は届くのか、あなたの声はわたしに聞こえるか…そんなお話です。
本を開いてみると、上下の余白がゆったりしていて、文字数はそんなに多くない印象でした。2日くらいでサクッと読了。
町田さんの作品は初めてでしたが、風景描写というか文章の運び方というか……文体がなめらかで、抵抗感なく読み手が物語の内側に”馴染める”というか…そういう書き方が上手な作家さんだなと思いました。
海辺の村、さびれた商店、新参者を取り巻く監視の目とうわさ話…
主人公・貴瑚が移住してきた村は、文字面だけだといやぁ〜な感じだけれど、彼女は周囲の目を気にせずマイペースにその日その日を過ごしているので、頭の中では眩しく平和な夏の光景が浮かんでいました。
明るくて真っ青な空と海、力強い太陽が投げかける光とそれによってできる濃い影のコントラスト、サーッと降りかかるぬるい霧雨…遠くで響く雷、時折吹き付ける強い風、ごおっと音を立てる木々……
そんな「ぼくのなつやすみ」みたいな、夏の日。
人間はじっとりねっとりしてるのに、風景はあっけらかんとしていて、それが地方の閉塞感を強調させているのかな?と感じました。(わたし自身は東京出身なもので、すみませんここはイメージで語っています)
読み終わって、今年の夏は田舎で1週間くらい過ごしたい…畳で寝転びながら本を読んで、縁側でアイスを食べて、日が沈んだら寝る生活がしたい…と強く思いました。(本筋に全く関係ない感想)
なので、最近エアビーで古民家ばっかり見ています😇
話題作なので本の内容に触れるのを極力避けたいのですが、そうすると具体的なことが言えず、夏休みの計画の話になってしまいました。感想書くのって難しいなあ。
「普通に面白いけど傑作というほどではない」「無性に田舎に行きたくなる」「訳ありお姉さんと美しい子ども」
挙げるとしたらこんなキーワードかな。泣かせにくる系です。(大ヒントのつもり)(ヒントって何だ?)
いやいやもう少し雰囲気教えてよ!という方は、公式特設サイトがいい感じですのでぜひどうぞ。
以降は、もう読んだよ!という方と、「こうだったよね〜!」と握手するためのネタバレ感想です。
物語の核心に触れてしまっているので、未読の方はくれぐれもご注意くださいね。
ネタバレ感想
ちょっと物足りない感じがして、後半は「ああ…こんな感じで終わっちゃうんだろうな…やっぱりね…」と確認の読書になってしまったのが残念でした。
LGBTや児童虐待について扱う本、生きづらさに寄り添う優しさ…そんなテーマの割に、悪役が表面的すぎるというか側面的すぎるところが気になってしまった。
貴瑚ちゃんのヤバイ恋人・主税さんも、愛(いとし)くんの祖父で町内会長でボケちゃった品城のおじいちゃんも、愛くんのお母さんで昔は美少女だったけど旦那さんに捨てられてプッツンしてしまった琴絵さんも、貴瑚ちゃんの人生を搾取し続けたお母さんも…
はいっ憎まれ役ですよ〜どうぞ憎んでくださいね〜!!と言わんばかりの嫌なやつで、却って冷めてしまったというか。
もちろん琴絵さんのかわいそうエピソードが間に入ったり、登場人物たちの深掘りが無い訳ではないのだけど、ちょっと安易に思えてしまうんだよなあ。
あと、村中さんのおばあさんね。最初から存在はチラつかされていたものの、出てくると紫色のパンチパーマにハイビスカス柄のムームーというアクの強さ、そして品城おじいちゃんや琴絵さんの過去を暴露し、「しっかりせいよ!」と喝を飛ばす、て……、細田守監督の映画「サマーウォーズ」かな?と思っちゃいました。
それから、貴瑚ちゃんにも“入り込みきれなかった”のがちょっと勿体なかったな。出だしのビンタで蓮っ葉な印象を与えつつ、主税さんとの恋愛中はとことん従順でしおらしいのに、愛くんの前では何故か「〜だ」口調。
もちろん、アンさんの助けを借りながらお母さん縁を切り、それでも母を慕って泣いてしまうところや、実はトランスジェンダーだったアンさんの自殺による喪失は、安易に共感できないほどのつらい局面で、そこから立ち直ろうともがく貴瑚ちゃんを否定なんてできやしない。
それでも(そのぶん?)、貴瑚ちゃんがどういう性格なのか、掴みきれなかったのは残念だったな。
明るい性格なのか、暗いのか、人が好きなのか、ひとりが好きなのか。大胆なのか臆病なのか。示談金は一生遊べるほどのお金なのか、使い切ったらこの村でどうやって生計を立てるつもりだったのか。行き当たりばったりなのか、そうじゃないのか…分からないことが多くて、心から応援しようとは思えなかった。
琴絵ちゃんと食堂で対峙して、琴絵ちゃんがペラペラしゃべり始めた時、「録音させてもらいましたよ…」ってスカッとジャパン展開が来ると思ったのに来なくてびっくりしてしまった。笑
いや、対決するなら(何がどう役に立つかは分からないけど)ボイスレコーダー持って行きなよ!
お姉さんが美少年を保護する(しかも女の子だと思ったら男の子だった展開)ということで、漫画「私の少年」を思い出しました。絵がとんでもなく綺麗で、少年の境遇の痛ましさと、助けてあげたいけど所詮他人だけど、でも放っておけないし…というヒロイン聡子さんの心情と、中盤のつらい展開のどうしようもなさとが、読んでてうわーーーーっと押し寄せてきて、感情が揺さぶられる作品でした。あれこそ心象を描くのがとても上手だなと思って好きだったのだけど、続きはどうだっただろうな。
※ググったら完結してました。(お疲れ様でした!)読まなきゃ〜!
あーだこーだ言いましたが、やっぱり本屋大賞なだけあって、読みやすく、面白いのは面白かったです。うん。
(比較するものでもないけれど、)でもわたしは「かがみの孤城」の方がずるいほどに上手いなと思ったし、「流浪の月」の方が、痛みに寄り添っている感じがしました。
本作はなんだろな……、最近流行っているこういう絵みたいな、
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000641.000012505.html
(例えばダイスケリチャード さん、カラフルですごく好き)
明るくて、なぜかちょっとだけノスタルジックで(エモくて)、痛みに優しくて……意地悪に言えばちょっっっとだけ薄っぺらい(量産型という意味で)。そんなイマドキの作品だなと思いました。