女子中学生、SF、父娘ドラマ…得意分野から新境地まで、桜庭一樹短編集「じごくゆきっ」

桜庭一樹さんらしいテイストの詰まった短編集。
珍しくSFテイストのものもあれば、お得意の女子高校生が主役のもの、
名作「私の男」を彷彿とさせる父娘の物語など、全7篇。

ざっくり感想

 
桜庭さんの文章は、可愛らしさと、でも常にグロテスクさが混ざっていて、
混沌としている印象を受けます。モノローグの自由な語り口も印象的。
 

 ねぇ、教育の目的がなんだか知ってる? あたしの親友の田中紗沙羅によると、それは「まじで気が狂わない程度に神経症の子供をつくること」なんだって。えらい哲学者が言ってたらしいけど、言いえて妙。あたしたちは十二歳で、中学一年生で、こんなのどかな田舎(島根県益田市っていう、山奥の小さな町)で生まれてマンガ読んだりゲームしたりしながらだらだらと育ってるだけなのに、もう半分、神経症。あたしと紗沙羅が春から通っている県庁所在地である、近くの都会、松江市のミッション系女子中学でも、厳粛な朝のミサのときに髪の毛かきむしって走り出す女の子とかいるんだから。えーと、それあたしだけど。
あたしはこれから、なんで賛美歌を歌うのをやめて走り出したかって話を、これを読んでる大人にもわかるように語らなくちゃいけない。だとしたら、中学一年のあの夏、あたしが遭遇したあのおっかないモノーー。
オバケヤシキのことを語らないといけない。
はーぁぁぁ。いやだけどね。(p8、書き出しより)

 

ほら、なんて自由で奔放で、魅力的な語り口!

 
例えるなら、足元が不確かな感じかなあ。
「こうやって展開していくんだろうな」と思いながら読み進める物語の行く末は、
大抵悲しい方向に意外性が働いて、
ぐにゃっと地面が歪んで転んでしまったり、
かと思えば歪んでいた地面が隆起して、思いっきり跳ねあげられて宙を舞ったりする。
まるで、神さまの手のひらの上でもてあそばれているような感覚。
ままならなさと、儚さと、愚かさ、そんなもので桜庭作品は構成されているように思う。
 

思春期の不安定さや、精神の危うさを表現させたら右に出る者はいないと思います。
そして、わたしはそういうバランスの悪さをとても愛していて、
桜庭作品を読むたびに、しみじみと、好き……という思いを強くするのでした。
 

2005年から2014年までの作品が収録されていて、なるほど、この時代の桜庭さんか…
と年代を遡って類似作品を考えたりするのも楽しかった。
どれもかなりいい感じでしたが、好きな作品を挙げるなら「暴君」「ロボトミー」「ゴッドレス」かな。
 

そして、一通り感想を書き終わった後にアマゾンの商品ページを見て気づいたのですが、
「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」の後日譚を含む・・・?

どれのこと?

どうやら「暴君」と「脂肪遊戯」のことを指しているらしいのですが、
砂糖菓子の方の記憶があり曖昧だからなのか、どの辺が後日譚なのか全くわかりませんでした😂
「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」、久しぶりに読み返してみようかなあ。
 

さて、以下、全6篇のネタバレありまくり感想(自分の備忘録をかねて)が続きます。
未読の方はご注意ください。
 
 

ネタバレ!各話感想

 

暴君(2005年)
二人の女子中学生と一人の少年のお話。島根県益田市、と珍しくピンポイントで舞台が設定されてる。
金堂翡翠と田中紗沙羅(しゃさら)、三雲陸のお話。
翡翠と紗沙羅は、陸の母親が自分の子供を刺殺した殺人現場に遭遇し、重傷の陸を救う。
入院中の陸の元に犯人である母親が襲いにくるが、紗沙羅が母親を刺し撃退する。
勇敢な紗沙羅(ちなみにとても太っている)は学校の中で有名になり、翡翠と距離が開いていく。
翡翠は、陸の母親が自分たちと同じ中学校の出身であtたこと、紗沙羅との距離、
“愚民である自分”に絶望し、朝礼を抜け出す(ここが印象的な場面なんだな)。
その後、陸は引っ越すことになり、翡翠に別れのキスをして旅立っていく。
(ただし、この二人はもう会うことはなかったらしい。残念)
翡翠は事件現場となった陸の家に侵入し、陸の母親の幼少からのアルバムを発見する。
三雲家を出たところで自分の母親に会い、家路につくところで終わる。

 紗沙羅は神に近づいた。この少女だけの一過性の王国で。迷いなく人を刺したから。大人を刺したから。そのたくさんの澄んだ瞳で、みんなが紗沙羅をみつめていた。あたしにはついていけない、紗沙羅の狂気。ああ、これは中一の夏であるいまから、高等部を卒業するまでのあと五年半続く、強大な権力となるだろう。紗沙羅は神経症病みの少女たちの王国、この小さな学園に君臨し続けるだろう。紗沙羅はわれらの蝿の王だ。
だけど、その友であるあたしは、何者であるのか。果たして。
ゆっくりと……黒い、深い、憎しみが胸の奥に湧きあがってきた。特別な紗沙羅への。ひどい殺人鬼のおばさんへの。愚鈍に生まれついたすべての者への。止めようのない怒りと、苦しさ。(P30〜31)

 
もちろん紗沙羅のような特別な(変な)友達はわたしの周りにはいなかったけど、
なんとなく翡翠に共感できるところもある。
 
ちょうど中学生の頃って、自分は特別なのだと信じたい思いと、
どうしようもないくらい平凡であることに一方では気づいている、
まさにそういう自我が形成される時期だと思う。
その特有の苦しみ、痒みにも似た疼き。あったよなあ、そういう感覚(遠い目)。
“あの頃”を思い出したくて、桜庭作品を読んでるところも、あるのかもなあ。
とても短いけど印象的な一作でした。
 
 
ビザール(2013年)
転職した女の子が、喫煙室で朝の十五分だけ他愛もない言葉を交わす年上の相手と二股をした末に別れる話。
と書くと、大事なところが抜け落ちてしまうのだけど、ここはネタバレが過ぎるので伏せますが、(今更)
割と超展開でびっくりしました。ええ?そういう着地……?ってなった。
年上の更田とホテルに入っていくシーンにドキドキした。桜庭さんらしい、生々しい猥雑さがエロい。

 
 

A(2005年)
珍しいSFもの。消費活動が広告会社によって掌握されきった近未来の日本。
かつてアイドルという“消費の女神”が存在していたことを知った広告マン二人が、
失われた女神を復活させようとするお話。桜庭さんには珍しい、SFものだしアイドルもの。
近未来のビカビカした風景が目に浮かんで、眩い感じがした。悲しい結末が、美しくもある。
 
 

ロボトミー(2013年)
一番長いお話かな。怖くて、悲しくて、グロテスクで、どうにも惹きつけられる、桜庭テイスト炸裂!な一作。
かつて芸能活動をしていた美しいユーノと結婚した主人公。
幸せの頂点にいたが、ユーノの母親はとんでもない毒親で、二人の新婚生活、果てはユーノの人生まで狂っていく。
ロボトミーというタイトルが意味深で、それがすべての答えのようでもあって、それもまた怖い。
ユーノもまた毒親と共依存状態に陥っていたようにも思えて、もう全方位的に怖い。
 
一つ謎だったのは、夫婦喧嘩の夜に現れた「ロボトミー」のアカウント。
これはユーノだったようなんだけど、もしそうなら翌朝二人が喧嘩する必要はなかったんじゃないかな?
夫の不実を責めたユーノだけど、アリバイに自分も加担してる訳だから。
それとも、ユーノも初めからおかしくなっちゃってたのかな。
正気と狂気の狭間にいて、「ロボトミー」はその正気の部分だったのかも。
 
 

じごくゆきっ(2006年)
表題作だけど、うーん、あんまりだったかな。女子生徒と女性教師の逃避行。
鳥取砂丘が出てくる。山陰地方にハマってるのかな、桜庭さん。
 
 

ゴッドレス(2014年)
見た目は抜群にかっこいいのに頭がおかしい父親と、彼の呪縛を逃れようとする娘の物語。
暴力を振るう父親から逃げたいのに、その愛を求めてもいる、
バラバラな心が痛々しくて、野次馬根性を焚き付けられます。
短編ながら、印象的な作品。なんていうか、凄みがある。
登場人物全員ぶっ飛んでるところもすごい。
最後に「アリラン」という韓国の歌が登場するのですが、
歌詞が怖いのに共感できてしまうという不思議な魅力がありました。
これってメロディーをどこかで聞いたことがある、あの「アリラン」なのかなあ。

“ねぇ、愛しいあなた。
あなたは一人で峠を越えて消えていくのですか。
私を置いて逝ってしまうのですか。
愛や、憎しみや、執着する思いを、私の心に残したままで。
それなら、せめて、私を置き去りにしていくあなたの足が、
強く、強く、痛んでくれますように!”(P295)

死にゆく人に、安らぎを祈るのではなくて、痛みを願う。怖いけど、でも分からなくもない…かも。
 
 

脂肪遊戯(2006年)
冒頭の「暴君」に登場した巨漢の美少女、紗沙羅のエピソードを描いた短編。
彼女が急激に太った理由が明らかに。彼女の呪縛が解けて、痩せて美しくなる代わりに神性を失っていく。
それは間違いなく幸福なんだけど、でももしかしたら紗沙羅自身も、特別ではなくなってしまった自分、
に対して物足りなさを感じるのかもしれない。
欠けていたからこそ輝くものがあって、欠けたものが今更埋まっても、
もうバランスの取り方が分からない。
そんなことがあるのかもしれない。
紗沙羅と距離を置くようになってしまった賢一の気持ちも、だから分からなくもないんだけど、
いやそこはくっつけよお前ら!と幼馴染推しとしては思うわけでした。笑