闇が深すぎる桜庭一樹「私の男」を再読したら罪深さに一層慄いた

桜庭一樹作品の中で、一二を争うほど好きな作品です。

初めて読んだ時、「こんな作品を描ける男性がいるなんて、ジーザスなんてこった」と思ったものですが(桜庭初心者にありがちな勘違い)、その後桜庭さんが女性だったことを知り、なんだかちょっと残念な気持ちになったのはわたしだけでしょうか。(勝手なものですよね、すみません)

それはそれで桜庭作品の虜になり、作品を次々読み漁ることになったきっかけの、記念すべき一冊でもあります。

思いっきり近親相姦が描かれているので、それは…と思う人は避けたほうが無難な、第138回直木賞受賞作品
※ところで審査員の評価を読了後に読むと「なるほどプロはその様に評価を書き表すのね」と参考になります。
※気になる方は、読了後にご確認ください!(ネタバレしてしまうので)
※こちらのサイトがおすすめ。https://prizesworld.com/naoki/wins/

ざっくりあらすじと感想

主人公は、おとなしい性格の腐野花(くさりのはな)。
幼い時に災害で家族を亡くし、遠縁の養父・腐野淳悟と二人暮らし。
冒頭、結婚式をすることになった花と淳悟が、婚約者と食事をするところからはじまる。 

この書き出しが、とてもいいのです。 

 私の男は、ぬすんだ傘をゆっくり広げながら、こちらに歩いてきた。(第1章)

文学の匂い、雨の匂いがする。
語り手は、傘を盗む道徳観の無い男を、“私の男”だと言う。 

そもそも、「私」という言葉と「男」という言葉、どちらも最高にありふれているのに、この二つをくっつけて使うことって、ほとんど無いのではなかろうか。
「俺の女」は聞いたことがあっても、「私の男」は聞いたことがない。 

「私の男」、
なぜか、じっとりと湿った情念が漂ってくる感じがして、不思議だなあ。
(対して、「俺の女」は海!パリピ!みたいなイメージだもんね。睡蓮花的な) 

なんとなく危うい感じ、妖しい雰囲気がたった三文字から漂う、シンプルながら想像の広がるタイトルも、とても好きです。
そんなタイトルの小説の冒頭に、雨のシーンはとてもふさわしい。

書き出しの続きも、とても好きなので少しだけ引用します。 

(前略)店先のウインドゥにくっついて雨宿りをしていたわたしに、ぬすんだ傘を差しだした。その流れるような動きは、傘盗人なのに、落ちぶれ貴族のようにどこか優雅だった。これは、いっそうつくしい、と言い切ってもよい姿のようにわたしは思った。(第1章より)

落ちぶれ貴族というパワーワードな。

出だしからしてもう様子がおかしい養父は、やっぱり本格的におかしいわけですが、一番好きな淳悟のシーンがこちら。 

「……なんで、怖がられてんの。俺」
「あ、いや……」
僕は首を振った。
「あの、その、つまり、殴りませんか?」
ぷっ、と淳悟さんが吹きだした。肩が震えている。
「ありゃあ、あのときは、あれだよ。花がいやがってたから、殴ったんだ。いやがってないだろ、おまえのことは。知らないけど。だから、殴んないですよ。普通、そうでしょ」
(第2章より)

この敬語とタメ口が入り混じってる感じね!
普通の人を目の前にして、何とか自分も普通にしようとしてるけど全く出来てない感じ!
「普通、そうでしょ」ってあなた……だからと言って、花ちゃんが嫌がってたらって相手をボコボコにするのは普通じゃないけどね!
こわい、すごい、魅力的だ。

さてあらすじに戻ります。
花の結婚式を描いた2008年8月から、花が最初に淳悟に引き取られた時1993年7月まで、時系列が遡っていく形式になっています。

上の二行だけ読めば、ハートフルな家族小説のあらすじのようにも見えるけど、
もうね、笑っちゃうくらい真逆のお話で。

遡っていく形式なのが、読み終わるともどかしくて、むず痒くて、悲しい気持ちになる。
(これ以上書くとネタバレになってしまうので、後でもうちょっと書きます) 

読んでいるこちらが二人の抱える暗闇に引き摺り込まれそうな、潮の引力にも似た力を感じた。 

読み手を選ぶから誰かに勧めることは難しい、そして「私の男が超名作なんです」と声を高らかに主張したら「この人ちょっと…あれかな?」と思われるくらい、タブーに脚を突っ込んだ作品だとも思う。

けど、もし「私の男、好きなんですよね」と呟く人が現れたら、わたしは両手でしっかりと握手したい、そんな作品です。(いやどんなだ)

ダウナーな気持ちになりたい時の選択肢に、おひとつどうぞ。

余談:ゴールデンカムイの尾形

淳悟を読んでいて、わたしはゴールデンカムイの尾形を思い出していました。
淳悟は、そして尾形は……欠損がある人間は、じゃあどうやって幸せになるのかと。 

「祝福された道が俺にもあったのか」と、頭がおかしくなってしまった母親、
そんな自分と母親を捨てた父親、そして、その父親が愛した腹違いの兄弟を
全員殺してしまってから、最後にそう呟いた尾形に。

(こう文字にすると、尾形ほんとやばいやつだな)

(野田サトル「ゴールデンカムイ」第103話より)

歪んでいる…どうしようもなく歪んでいる…でもそんな歪みに、魅力を感じてしまう人も多いと思う。 

(みんなゴールデンカムイ読もうねって話。そして尾形が好きな人は、そして手の施しようが無いくらい歪んでる「落ちぶれ貴族」で娘を溺愛しすぎている長身イケメンが気になる人は「私の男」を読むんだ。交換留学(?)だ。)

以降、ネタバレ感想が続きます!未読の方はご注意くださいね。

ネタバレ感想

前回読んだ時はとにかく淳悟のヤンデレっぷり、二人の共依存状態に「妖しい魅力…!」と大喜びしたものだけど、初読から10年くらい経って再読すると二人の罪深さが目について、「やばいものを読んでしまっている」感が強かったです。
それだけわたしが年齢を重ねたってことですね。初読時は年上の妖しいおじさんにときめいていたけど、今は身近にこんな男が居たら警戒するものな。

本当に淳吾はやばい男ですよ。
頭がおかしいんだな(褒めてはいないけど褒め言葉としての)。 

淳悟の父親が死んだのは、彼が小学生の時。
とても厳しくなってしまった母親に支配されながら育つが、その母親も高校卒業前には死んでしまう。 

家族を全員失った淳悟の元に転がり込んできた、自分の血を引く実子の花。
母親が病気をしてから親戚の元に預けられた淳悟が、どうやらそこの奥さんと不倫をして、花が生まれたみたい。
(花の母親の中にも、自分の母と同じ血を見出したのかな) 

花にすがりつき、奪うように交わり、「おかあさん」と叫ぶ・・・ 

娘の血の中に母親を見出すというとんでもないマザコンぶりが今回はより目についた。
黒くてぬめぬめしたものが、ずるりと這い出てきたようなイメージ。
普段絶対に目にすることのない、けれどどこかにはある、人間の一面を垣間見た気持ち。 

過去に遡っていく構成が、この本をとても魅力的たらしめていると思う。

逆だったら、全然違う印象になるだろう。

花の結婚式という人生の岐路、そして淳悟の失踪という突然の別れ、読み手は花の動揺や、二人の関係性がまだ理解しきれていない。

そこから過去に遡っていき、二人の秘密、二人の罪が、淡々と明らかになっていく。
例えるなら、もう手の施しようがないくらい壊れてしまった人形が、まだピカピカだった頃に遡っていくような切なさ。
読んでいても、「でも最後には壊れてしまうんだよね」ということが常に脳裏にちらつくから、それが悲劇性を増すんだろう。

二人が一緒に暮らさなければ、花も、淳吾も違う人生があったのだと思う。
けれど、罪を犯したけれど、二人が心の底から充足し、安堵した瞬間もあったようにも思う。
家族という無二の繋がりを得て。 

それでも二人の犯した行為は罪だとされるけれど、
それじゃ、彼らの幸せはどこにあったんだろう?
誰がそれを罪と断じられるだろう?
肩を寄せ合うしか選択肢がなかったみなしご二人は、
どうやって幸せになればよかったんだろう? 

他人も、恐らく当人にも、それは分からない。
偶然か必然か、二人は一緒に住むことになって、深く、激しい生を歩んだのだとは思う。

果たしてその生が幸福なのかは、やっぱり分からないけれど。

最後までお読みいただき、有難うございました!

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